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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第三章・統治者への道
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第八話、筆子さんの検証


 筆子さんは私の緊張をくみ取ったのか、微笑した。

「気楽にいきましょうね、めぐみさん」

「あっ、はい」

「こういうことになったのは想定外でしょうが、めぐみさんがとにかく無事でよかった。ひどいめにあわなくてよかった」

「ええ、でも……痛い目にこそあってませんが、勝手に連れてこられて勝手に子供を産まされました」

 筆子さんは目を伏せた。

「その点についてはご同情申し上げます。レイレイさんから最初に聞かされたときは信じられませんでしたわ。とにかくめぐみさんとこうして冷静に話ができるのも本当に幸運でよかったです」

「そうでしょ」

 でも筆子さんの様子がちょっと変だった。子どものことにこだわるのは当然だけど、それでも私を帰国させてくれるためにこうして来てくれるのだと思う。案の定、筆子さんはにっこり笑って聞いてきた。

「今もなお帰国の意志はありますね」

「そりゃ、もちろんです」

「子供を置いといてね」

「あっ。そこまで考えていませんがせっかく産んだし連れて帰れるなら帰ります」

「そうですか」

「……」

「もうちょっと質問させてね。めぐみさんは例のスタブロギナ・プラスコヴィヤ皇太后のことはどう思っていますか」

 私は答えに詰まった。すべての諸悪の根元はまさにあの太后のせいだ。初対面からして私が処女かどうかを指で直接チェックされたし、寝ている間に妊娠出産までさせられた。究極のセクハラだと思う。それも日本に入る時から用意周到にDNAチェックもされた。私の家からお母さんの形見の産着まで盗まれて……あの時のショックは計り知れない。

 しかし憎いが憎み切れないという感情もある。それは朝から晩まで一緒にいたからだろうか。ろくに言葉もかわさなかったのもあるのか。太后は指一本、言葉一つで部屋から軍に命令して殺人もやってのけた人だ。でも私に対しても確かにひどいことをしたし、人権無視をしたが憎み切れない。

 それは私自身が憎くてやったのではないからだろう。単純にグレン将軍の血や太后の血を引いた子供が欲しかったからにほかならないからだ。それと血縁者であること、かな。なんと表現していいかわからない。

 それから一度きりだがグレイグフ皇太子の結婚式後に一緒に温泉に入ったときのことも思い出す。あの傷だらけの姿。あれはあきらかに拷問の跡だ。どういう人生を過ごしてきたのかは私は知らない。でも太后が人をよせつけず、レイレイなど決まった人としか会話しない中、私という血がつながってはいるが、事情を知らぬ異邦人との生活を望んだのはまさに例の太后だ。それを考えれば逆に、かわいそうとしか思えぬ。

 私は考えを言葉に出すのは苦手だ。相手に通じるかどうか自信がない。でも、筆子さんにはわかってほしくて、時間をかけて何度も言い返したり訂正したり、時には無言になったりでも話した。

 気が付けば後ろにレイレイやダミアンが控えていた。レイレイは日本語がわかるのでとても真剣な顔をしていた。私を必ず守るといったレイレイ。今後彼との関係も筆子さんの出現で変わっていくだろうか。どうなるのだろう。そんなことを思いながら話す。

 そう、一番腹がたつけれど、一番あわれなのは太后だ。権力を持っていたので人は確かに好きなだけ動かせた。振り回されたのは周囲の人、そして私。私という人間の尊厳を無視したのは許せない。それはなんとか責任をとってもらいたい。いや、復讐はしたい。憎み切れないが復讐はする。死んでしまったけれども。

 それからグレンを連れてかえって堂々と帰国するわ。お父さんは驚くでしょうが、そうしよう。私のハラは決まった。

 

 筆子さんは黙って聞いていたが、帰国でグレンを連れて帰ると言ったときだけは小さく首を振った。無理なのか。でも産んだのは私だし……。筆子さんは言った。

「さっきも言いましたが、あなたはもう普通の女の子には戻れない。一度有名になった人は二度と匿名に戻れない。このメイディドゥイフ王国で暮らす気はないの」

 あれれ、このセリフさっきも聞いた。私はあっさりと同じ言葉を言う。

「私はこの国では暮らさない」

「あなたは元の生活には戻れません」

 まあ、筆子さんたらどちらの味方なのだろう。私がせっかくここまで話したというのに。

「誰が何と言おうと日本に戻るわ」

 筆子さんは黙った。私は再会の喜びがちょっと落ち着いてきたと思った。これから二人で帰国の話ができるかと思ったのに方向がちょっと違うようだ。慎重にならざるをえないかも。

 そこへノックの音がした。レイレイがドアを開ける。更に意外な人が入ってきた。


 入ってきたのは超大物だ。といっても私はこのへやからほぼ出なかったし、この部屋に出入りできる人物自体限定されている。故スタブロギナ・プラスコヴィヤ太后の一番年下の弟、つまり実弟のザラストさんだ。

 多分現在も太后の遺言が生きているはずだ。父親のグレン将軍の命日にあわせて存命していることにしているはず。現在は彼がグレイグフ皇太子と一緒になって統治しているはず。推測ばかりだが多分当たっているはず。鎖国だからこそできる技だろう。

 しかしこのザラストさんでさえ、元々この部屋に入室したことも数えるほどしかない。太后とは不仲のだった。私と直接会話したことも命がけだった。そもそも太后がザラストさんを信用していなかった。だからこそ、ザラストさんは私を拉致したとき、直前まで知らなかった。出産後もおめでとうの一言もなかった。最も私はそのために拉致されてきた実験動物のようなものだ。太后が亡くなったという実感がないが、こうして堂々と入室してきたというのは状況が変わったせいだろうか。

 ……いや、筆子さんが来たから……?

 私はどきどきしてくる。そっと筆子さんを見ると、大きなデスクの横で背筋をスッと伸ばして立っている。日本で見たときよりも髪が短くなってその分ゆるふわ系カールが大きくなり、清潔そうなオーラがあってエレガントでさすがだと思う。身分も良くて大金持ちで英語どころかメイディドゥイフ語も当たり前に話せる。いわば理想の女性だろう。私はそんな筆子さんと再会してまだ数時間しかたってない。だけど筆子さんは私が十カ月近く太后と同居して知り得た事実をわずか数分で把握した。状況が急速に転換していくので先が読めない。でも帰国できる可能性もこれで出てきたはず。

 六月になれば私が産んだグレンの出産が全世界に公表される。例のゾフィー皇太子妃が産んだことになって。後継者と共に実権が皇太子に移る予定だ。だけど、私は政治的な興味がまるでない。帰国さえできたらあとはどうでもいい。

 ザラストさんの車いすの後ろには例によってヨハンがいる。ザラストさんもヨハンもすでに筆子さんと面識があるのか、軽いあいさつをメイディドゥイフ語でしている。ついでダミアンも。

 続いてノックの音がした。入室者はグレイグフ皇太子だ。ああこれはもうオールスターキャラだ。

 ザラストさん。おつきのヨハン。グレイグフ皇太子。

 ……ワルノリビッチ首相はいない。ゾフィーの失態のことで謹慎でもしているのか。わからない。おなじみのレイレイにその兄のダミアン。そして私、まさかのビッグゲストな筆子さん。

 いやもう、私だけではなく、筆子さんがいれば、粗末には扱えぬだろう。皆緊張した顔をしている。私も緊張してきた。これから何かが起こる……。


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