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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第三章・統治者への道
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第三話、私の今後


 ザラストさんが私のベッドわきにやってきた。保育器と私を眺めている。ザラストさんは笑顔だった。ダミアンとレイレイは私のベッド回りのカーテンを大きく開けて、車いすのザラストさんを通した。

 奇妙な懐かしさすら感じるザラストさんの笑顔だった。私は保育器の横に突っ立っている。ザラストさんが口を開けた。

「コングラッチェーション!」

 おめでとうという英語だ。こういう場合でもおめでとうというのか。私は「ありがとう」 と返すべきか迷ったが黙って会釈をするにとどめた。このあたりが私のバカなところ、お人好しのところだろう。ザラストさんは笑顔だ。

「メグミ、ハウア、ユウ?」

 ご機嫌いかが、か? 体調は大丈夫かと問うていうのだろう。ザラストさんも簡単な英語しかいえなかったはずだ。でもさすがに私は大丈夫です、ありがとう、というはずがないだろうが。

 ザラストさんは保育器まで近寄ってまじまじと赤ちゃんを見ている。真面目な顔だった。姉である太后は死んだ。生きていることになっているが、死んでいるのを知っているのは数人だけ。このめちゃくちゃな皇室ストーリーは一体どうなるのか。私はザラストさんに声をかけた。一応太后は死んでいるのでもう遠慮はいらぬだろう。

「ザラストさん、私は太后の計画通り、子供を産みました。私は今後どうなりますか?」

 レイレイが通訳した。ザラストさんは私を仰ぐ。そしてレイレイに話せというようにあごをしゃくった。レイレイは一礼してザラストさんのメイディドウイフ語を日本語に翻訳した。

「現在、国は太后のご命令通りにしています。つまりり六月の建国記念日に男児が誕生し、名前もグレン・メイディドウイフとなります。同時に太后のご逝去の発表と皇位継承者が正式に決定します。めぐみ様はそのままこの部屋で安楽にお暮しいただきます」

「それはもう知っているわ……それで、私が日本に帰るということは?」

「それはダメです」

「でも」

「ダメです」

 ダミアンも横から口を出した。

「ダメ」

 ダミアンまで日本語でいうことないじゃない、私がダミアンをにらむとダミアンはバツが悪そうな顔をした。こんなダミアンも初めて見る。やはり立場が少し強くなっている。

 ザラストさんは私のベッド近くまできた。真剣な顔をしている。そして英語で何かを言ったがわからない。いやにきっぱりとした言葉だった。ニェットという言語が出てきた。太后も使っていた。ダメという言葉だ。レイレイがほぼ同時通訳してくれた。

「めぐみには大変申し訳ないことをしたが、できるだけのことはする。しかし帰国は不可能だ。あなたの祖国はわがメイディドウイフである」

 私はイエスもノーも言えなかった。ザラストさんは私から視線を放さなかった。レイレイもダミアンも。私は再び涙を流した。このまま一生、ここで……。

 ザラストさんがまた何かを言い、レイレイが通訳してくれた。

「めぐみに降りかかった一連の出来事は、すべて太后がしたこと。あなたがこの国にやってくるまで、この件は私はまったく知らなかった。めぐみとめぐみのご家族には大変申し訳ないことだと思う……私は貴女にできるだけのことはする」



 私がうつむいたままでいると、彼は去った。レイレイもダミアンも。保育器も引き下げようとしたが、私は拒否した。ダミアンが何かいたがレイレイが囁くと黙った。レイレイが医療的なことがあるのでその処理がすむまでは預からせてほしいというので承知した。私はグレンから目を放せない。でもグレンはまだ目があいてない。小さな胸を上下させているのを見つめるしかできない。生んだもののどうやって世話をしていいかわからないのも事実だ。

 レイレイが同情をもって私に接しているのがわかる。私は黙ったままでいると「すぐに連れてきますから」 と言った。

 私は一人になった。天窓を見上げると雪が積もっているのか真っ白だった。二月だもの、まだ冬だもの。私は頬の涙を手で拭った。

人の気配がなくなった。いや、どこかで見張られているだろう。私はそっと立ち上がり、トイレに行く。トイレはいつでもピカピカだ。下着を下ろすと出血していた。下腹部が痛む。シャワーを浴びたくなったが、おなかに包帯がきつめに巻かれていたのであきらめた。これもシャワーがいつから可能なのかレイレイに聞かないといけない。何もかもそういう状態でメイディドウイフ語も歴史も何一つ学んでいないのに私は皇位継承者を生んだのだ。気が狂わないのが不思議だ。私は長いため息をついて奥の部屋に行った。

 太后のベッドがどうなっているのかと思ったのだ。カーテン外側は変わっていなかったが、内側は黒い色になっていた。亡くなったからかな、と私は思った。ベッド回りも暗かったがベッドはそのまま置いてある。無人かと思いきや、ベッドの上には箱がおいてあった。お棺だ。私はそれに気づいてぞっとした。あとずさりをする。そういえば国民や世界中にはまだ生きていることになっているのだ。死体の防腐処理ぐらい当たり前だろう。

 私は今後もこのベッド……死体の隣に寝て日々を過ごすのか。私は自分のベッドに倒れこんだ。太后の最後の笑顔と私の赤ちゃん、グレンの小さな手足を思い出して泣いた。

 私はまだあの子を抱っこしていない。私は母になったけれど、母ではない。もちろん夫はいない。誰もいないのに私は子持ちになった。

 こんな人生になるとは思わなかった。でも後戻りはできないし、しない。前を向いて進むしかない。

 私は横になりながら、耳の前にあるピアスを取り出した。取り出すときは痛みがあったが、それを我慢して回しながら引っ張り上げると取れる。取った後はベッド横に捨てた。宝石やプレゼントはいらない。そんなものは嬉しくない。

 やさしい笑顔、キス、恭しい拝礼、そんなものもいらない。元の私に返せるものならば返してほしいがそれも後戻りはできない。

 となれば前を行くしかない。行こう。私と私の子、グレンのために。




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