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この人を見よ  作者: ふじたごうらこ
第一章 出国まで
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第十話、私の顔が新聞とテレビに晒された

◎ 第十話


「めぐみ、めぐみ。起きなさい」

 お父さんの声で私は目覚めた。もう朝だった。昨日は半日だけだけど、いろんなことがあった。だけどもう終わったことだ。あれは夢を見ていたみたい。

 帰宅したらいつもの日々、いえ週に一度のバレエレッスンがあった。痴漢も出た。だけど普通の日だ。そしてその日は気持ちよく疲れて早めに寝た、はずだけど寝付けなくってテスト勉強のために休んでいたクロスステッチ刺繍の続きをした。刺繍を始めたらよけい目がさえて、あと少しあと少しで続けてしまったのだ。結局私は夜中の二時までがんばったのだ。つまり……眠いのよ。

 布団から少しだけ目をだして時計を見るとまだ六時じゃないの、眠いのは当然じゃないの。それに今日は土曜日だ。

「お父さん、寝かせてちょうだい、まだ眠いのよお」

「そんなことを言っている場合じゃない、早く起きておいで」

 お父さんの声に何やら必死なものを感じて私はがばっと起きた。カーテンから朝の光がもれているが、家のまわりが何やら騒がしい。カーテンを開けようとして私ははっとした。カーテンの隙間から二階の私の部屋を眺めている人々がいるのが見えたのだ。車も数台停まっている。今カーテンを開けてはダメだと思い直してカーテンからそっと離れた。

 私はパジャマのまま部屋のドアを開けた。お父さんもまだパジャマだった。

「お父さん、家の前に誰かいるね……あの人たちは?」

「……新聞記者だよ、昨日のことがどこからか漏れてしまったようだ」

「ええっ、やだあ。あれはもう終わった話なのに」

「たった今、外務省の田中さんから私の携帯電話に連絡があった。取材申し入れに応じないように、と」

「外務省のアドバイスってそれだけ?」

「とにかく着替えて、それと今日は外に出ない方がいいだろう」

「うん……」

 あわてて着替えて階下に降りる。居間の入り口に置いてある電話のコードがはずされていた。インターホンもだ。ドアをどんどんとたたく音がする。

「爆雪さーん、出てくださーい。取材お願いしまーす。お願いしまーす」

 お父さんも手早く着替えて階下に下りてきた。口を動かしているので何を食べているのかと見たらチョコレートコロネパンをかじっていた。朝からチョコパンだなんて、だからお父さんはお腹が出てくるのよ、と私は思いながら叩かれているドアを不安げに見た。

「で、どうするの、このまま一日中家に閉じこもっておくの?」

「外務省の指示だと、そうなる」

「困るわ、そんなの。あれはもう終わった話だということでいいのじゃないの」

「だから外務省から正式に発表するか今協議しているところだそうだ」

「うちから簡単にあらましを書いて張り紙でも貼っておけばいいのじゃないかな」

「そう思ったが、とりあえずわかりましたって返事しておいた。だからめぐみ、今日は不用意に外に出るなよ、変なところで写真を取られたらあっという間に新聞に出てしまうぞ」

「やだあ、悪いことをしたわけでもないし、迷惑だよ。それに例の動画は理玖が黙ってアップしたって言っていたけど、結局痴漢が出てしまったので削除するって……あっ、じゃあもしかして昨日の痴漢は……私目当てかな」

 お父さんの目が険しくなった。

「痴漢? そんな話は聞いてないぞ。どういうことだ」

 私はあわてて早口で説明した。

「あのね、昨日のバレエレッスンでカメラを持った人が窓をのぞいていたらしいのよ。吉田さんが見つけたけど私や先生は気付かなかったの。大豆先生がすぐにブラインドを下ろしたし、みんなコンクールで賞を取った理玖が目当てだろうって言い合っていたけど」

「いいや、違うね。そいつはうちのめぐみを目当てに来たのだろうな、だから昨日はレッスンを休めっていったのに」

「なによ、お父さんたら私は悪いことをしていないのに、ひどいじゃないの。でも理玖はあの動画を削除しておくからって言っていたのでもう削除されているよ、きっと大丈夫よ」

「何が大丈夫よ、だ。めぐみ。あの動画の本物は削除されているけど、そのコピーが一晩でたくさんできているんだ、そのコピーですでに閲覧数が数万アクセスを超えている。見ている間にもどんどん増えている。これはエライことになったぞ」

「どこでどうして、あんな話が漏れたのよ、でも断ったのだしこんなことで有名になるなんて、私はイヤよ」

「お父さんだってイヤだよ、だがこれを見てごらん。これ、今日の新聞の朝刊だよ。お前が出ているよ」

「えっ、うそ」

「うそじゃない、新聞の写真は見たこともないものだが、確かにめぐみだ。いつの間に撮ったのだろうと思っていたが今の痴漢の話でわかった。あれは理玖ちゃんじゃない、めぐみを盗撮していたのだ。新聞記者にとっては大スクープだったはずだ。午前四時のニュース速報でこのスクープが流れたらしくそれから記者ややじうまがこの家めがけて集まってきたのだ。まだまだ増えそうだよ」

 私はお父さんのパソコンを覗いた。見るなり私はショックを受けた。極東日本新聞の本日のニュースのトップに私の顔写真が載っていたのだ。大きなロゴで書いてある。

「東ヨーロッパの現在の鎖国、メイデイドゥイフ王朝社会主義人民共和国のグレイグフ皇太子が十六才の日本人高校生、爆雪めぐみさんに一目ぼれをして求婚!」 

 私の写真は横顔を向いている。それもドアップ。お父さんは黙ってマウスを操作して画面の下をクリックした。

 私の全身の画像が出ていた。しかもこれは昨日のバレエレッスン中の画像だ。吉田さんが見た痴漢が盗撮したものだ。私はお気に入りの水色のレオタードで背中を見せてアラベスクのポーズをとっている。右足を軸足に左足を高くあげたアラベスク。それは普段の私のバレエの実力からして、奇跡の一枚といってもいいぐらい上手に撮れている。もっとも理玖にはかなわないけど。

 それが普段のお父さんや友達が撮ってくれた写真ならすごくうれしかったと思うが、見知らぬ痴漢ならぬ極東日本新聞の記者? とやらが撮ったものだ。それがデジタル新聞の一面トップを飾っている。お父さんがため息をつきながら言った。

「外務省の田中さんが教えてくれたんだよ。パソコンで極東日本新聞を検索して今日のトップ記事を見てくださいって……田中さんもどこから漏れたのか不思議がっていた。そしてテレビも……ほらご覧の通りだ」

 お父さんはテレビのリモコンを操作した。とたんにテレビに私の顔が大写しで映っていて思わず悲鳴を上げた。この顔は理玖がインタヴューを受けた時に横にいた時の顔だ。

「ちょっとお父さん、何これ」

「例のYOU TUBE の画像を転載したものだな、アップしたIDの名前が違うので別人だな。もともとの動画をアップしたものは消えている。これは誰かが魚拓ぎょたくをとってもっと大勢の人が見れるようにしているものだな、これは大変だ。削除しようにもできないよ」

「お、お父さん。アイデイーだの魚拓だのってなに?」

「IDは、ネット上でのサイトの名前、もちろん本名ではない。魚拓は釣った魚の記念に墨を塗って半紙に写し取って保存すること、転じてネットでは元々のサイトをそのまま映したものをいうんだ。だがこの話がこんなに広がってしまっては削除しても削除しきれんぞ。それとめぐみ、お前もう少しパソコンに詳しくなった方がいいぞ」

「そんなことを言われても……」 

 お父さんはテレビの音声を小さく絞った。テレビはかろうじて聞き取れるぐらいの小さな音をたてて私の話をした。

「再度繰り返します。久々に明るい話題があがります。東京都文京区獅子町在住の大盛女学園高等学校一年生の爆雪めぐみさんがメイデイドゥイフ王朝社会主義人民共和国のグレイグフ皇太子に見初められて昨日外務省立ち合いの上で使節と会合された模様です。皇太子はめぐみさんの画像をたまたま閲覧して一目ぼれをしたそうで……日本国民としてこの慶事を……」

 私はお父さんからリモコンをひったくり別の番組に変えた。

「外務省はこの喜ばしい出来事を……まだ正式発表ではありませんが……」

 やだっ、私は悲鳴をあげて別の番組に変える。

「……さて、メイデイドゥイフ王朝社会主義人民共和国ってどんな国なのでしょうか? それでは十年前にかの国をひそかに訪問したという戦場カメラマンの渡部陽次さんに突撃取材をしてみました、それでは渡部さんどうぞ、ハイみなさん、おはようございます渡部です。今日はこの誰も知らないこの秘密の国を……」

 チャンネルを変える。

「こちら政治チャンネルです。この爆雪めぐみさんがこちらの国に皇太子妃となられたら、我が国との国交も新規に開始され新たなる展開がされると推測されますが、さてどう変わるでしょうか。政治評論家、ジャーナリスト、元東京都知事にスタジオまで来ていただいていますのでご意見を……」

 やだっ、私の番組ばかりじゃないの、私はまたチャンネルを替えた。

「はい、こちら現地中継です。今、私たちは爆雪めぐみさんの家の前です。肝心の本人とはまだコンタクトが取れていません、まだお休み中なのかもしれません」

 私とお父さんは硬直してしまった。テレビは我が家を映していた。今、私の家の前にテレビ局がきていて、新聞記者たちがみんないるのだ。

 お父さんはやおらテレビの後ろに回り込み、コンセントを抜いた。テレビは沈黙した。これ以上テレビは見なくてもよいってことだ。私は気が狂いそうだ。私は今まで目立ったことはない。いじめられて泣いて……そういうことでなら目立ったことならある。でもこんなことで目立つなんて、そんなのも全然うれしくなかった、はっきりいって大迷惑だった。私は目立ちたくない。ひっそりと暮らしたいのだ。目立つことは理玖のような、美人ではっきりとものがいえる人種がなれるものだ。理玖ならこういうことになっても上手に切り抜けられるだろう。理玖ならどうするだろう。理玖に会いたい、理玖に会ってアドバイスが欲しい。私は混乱してお父さんに取りすがる。

「お、お父さん。私はどうしたらいいの、こんなことになるなんて。こんなに大げさなことになるなんて、私はどうなるの?」

 そこへお父さんの携帯電話がかかった。私は反射的に叫んだ。

「いやよ、取材なんて。あれはもう断った話よ、出ないで」

 お父さんは言った。

「さっきから見知らぬ番号がでるけど全部着信拒否設定しているよ、ああ、でもこれ外務省の田中さんからだ。これなら出るよ、いいだろう」

「う、うん。お父さん、外務省にはちゃんと怒ってよ、外務省がもらしたんだからね。こんなことで目立つのは嫌よ、早く家の前でたむろしている人たちを追っ払いにきてって言ってよ」

「まあまあ落ち着いて、大丈夫だから……多分」

 お父さんのカッパハゲが部屋の電灯で光り輝いている。私はお父さんのハゲ部分が朝から冷や汗で濡れているのを呆然と見つめるしかなかった。










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