第一話、発端
◎ 第一話
私の名前は爆雪めぐみ。どこにでもいるごく普通の女の子……だと自分で思っている。年は十六歳で高校一年生になったばかり。学校は中高一貫の大盛女学園。放課後のクラブ活動は手芸部。週一回だけ大豆バレエスクールでバレエを習っている。
ね、どこにでもいる普通の女の子でしょ?
バレエを習ってはいても、私は特に美人でもないしスタイルもよくない。頭も悪いし、口下手で友達は少ない方。うーん、普通どころか底辺どころかな。
でも私はそれでもいいと思っている。私のお父さんはめぐみは欲がないね、向上心がないね、と笑っていうけれど別に私はそれでもいいの。
そうそう、私のお父さんの話をしなきゃ。
私のお父さんは獅子町の役場で公務員をしている。名前は爆雪太郎。私はこのお父さんとの二人暮らしなのよ。私のお母さんは私が三歳の時に亡くなっている。私がトラックにひかれそうになって、とっさにかばってくれたのよ。お母さんは即死だった。その時の状況はよく覚えていない。でも声だけは覚えているの。
「めぐみ、あぶない」
そうなのよ。私の最初の記憶が「めぐみ、あぶない」という呼びかけの声なの。
私の最初の記憶が生きていたお母さんの最後の言葉で、それが私が聞いた最初で最後のお母さんの声。それを思うとなんだか切なくなるの。
お母さんが死んだあとは、お父さんが私を育ててくれた。写真で見ると私のお母さんはとても美人。ロシア系のハーフだったという。ということは私の母方の祖母はヨーロッパ人ということになるが、私はどこから見ても日本人の容貌だ。私のような人間をクオーターというらしいけど、クオーターですね、と言われたことも一度もない。だって私はお父さんに似てしまった。細い目にやや下がり気味の太いまゆ……、すっと通った鼻筋だけは似ているかな? それと色白なところは似ていると思う。口は小さいけど、八重歯があるので歯並びは悪い。はっきりいって私は美人ではない。私の一番の友達の友永理玖ちゃんがすごい美人なので余計に私は引き立て役なの。でも理玖は優しいし性格がいいので引き立て役でもいいかと思っている。私たちは中学校からの友達で近所に住んでいるし、バレエも一緒に習っているし、学校のクラスも一緒。
学校へは二人で自転車で行くけれど、朝の通学時に理玖を目当てに別の学校の男の子たちが待ち伏せをしたり、口笛を吹いたりしているの。その中には小学校で一緒だった男の子もいる。その子たちは昔私のことをトロい、ブスなどといっていじめた男の子たち……なので苦手だ。私はあの子たちのせいで小学校は一時期不登校になった。それであの子たちと一緒になってしまう近くの公立中学校をやめて私立の大盛学園に行っているわけよ。なのに通学中に理玖めあてに待ち伏せしてくるので、私はつらい。
理玖はその話を全部しっている。そして男の子たちに待ち伏せされても無視して決して相手にはしない。けれど、正直美人の理玖がちょぴりうらやましかったりするの。美人でありさえすれば私だっていじめられなかったかもしれないってね。ああ、私はだめね。成績もぱっとしないし、女の子というだけの女の子なのよ。残念ね。
私に取り柄はないけどお裁縫が好きよ。人形の服を作ったり小さな布に刺繍をしたり、そういうのが好き。スポーツは嫌い、というか苦手。走るのが遅いのでボールとか追いかけるのはだめだし……身体を動かすならバレエが好きかな、でもへたよ。ああ、三歳の時からバレエをしている理玖の方がずっと上手よ。それに私は週一回、週末だけのレッスンだけど、理玖は毎日レッスンしているわ。理玖は今度バレコンへ挑戦するのよ、いいなあ。ああ、バレコンというのはバレエコンクールのことよ。私は応援役。それとお化粧や衣装の調整とか、つまり裏方役よ。私にはその方が性にあっていると思うの。大豆バレエの大豆先生も付き添いで行くけれど、理玖がぜひ私についてきてほしいのですって。光栄だわ。でもまあ、理玖はバレエのお衣裳の調整というか、そういうのが全然できない人なので、私が裁縫箱一式を持っていくのよ。
今回のバレエコンクールで理玖はエスメラルダを踊るのよ。エスメラルダはね、タンバリンを持って踊るのよ。とても素敵な踊りよ。でも上手でないと躍らせてもらえない難しい踊りなのよ。理玖は余裕で踊れる人だけど、そのかわり何というかお裁縫が全くできない人なの。私には本番の時にお衣裳の背中がほつれないように、ばらけないように縫い付けてほしいのですって。ええ、喜んで。私はやれるわよ。あっそうか。バレエを知らないと私の話なんて意味不明だよね、あのね、バレエのお衣裳は裾が短いものはチュチュというのよ。そのチュチュの背中に大きなカギホックをつけてひっかける人も多いけど、本番前にはお衣裳の背面に直接糸で縫いこむ人も多いのよ。しっかり縫い付けると絶対にほつれないし、大きくジャンプしたときに背中のホックが何かの拍子にはずれたりしたりしてはいけないからね、そうする人も多いのよね。
ああ、私? 私はバレエが好きだけどバレコンには出ないわ、というより出れないわ。バレエが下手なせいもあるけれど、私の左のひざは例の自動車事故で前に出てしまっているの。前に出るといっても、すこしだけだけど、バレエを踊るには致命的。バレエはね、ひざを中にいれないといけない。ひざを中にいれて足をまっすぐにして踊らないといけない。でも私の左の膝はそんななので、本格的に踊るのはあきらめているの。それでも発表会の時には大豆先生は私に膝が出ないロングサイズのチュチュを着せて、はしっこの方で躍らせてくれるので、私はそれで十分なのよ。
でも理玖は発表会だけでは満足ではないの、理玖はプロのバレリーナになりたいのですって。大豆先生は本当に本気ならバレコンに出て賞をとりなさいっておっしゃったのよ。それで理玖はがんばっているの。私もそんな理玖を応援しているの。私たちは親友よ。
大豆バレエでプロになりたいという生徒はいないのよ、どちらかというと、本格的ではなくてお遊戯みたいなバレエ教室だけど、理玖が本気だとわかると大豆先生はすごく厳しくなった。レッスンも毎日いらっしゃいとおっしゃるので、理玖は毎日通っている。理玖はね、学校が終わるともう夜中まで踊ってばかり。それが毎日よ、私にはそこまでバレエが好きじゃないからね、そんな理玖をすごいな、応援したいなって思っている。
そのバレコンの本番が今日ってわけ。理玖、がんばって。私は大豆先生と楽屋までついていった。舞台そでまでもついていった。ライトを浴びて一人で踊る理玖を心から応援したわ。理玖の踊りは輝いていたわよ。一つもミスをしなかったのに理玖はほかの人が上手すぎて私はダメとかいうの。どうも本番でトウシューズの調子がよくなくて乗り切れなかったらしい。それと一緒にでたコンクール生がいろんなコンクールを渡り歩いている人ばかりで気後れしたようね。でも観客として見ている限り、そんなことはわからない。私は入賞六位までには入れるのではないかと思っていたわ。大豆先生もそうおっしゃっていたし。
そしてその結果が、優勝! 初めてのバレコンで優勝よ、すごいでしょ!
コンクールの入賞者が呼ばれるのは順位が下の者からなの、だけど理玖は呼ばれないのでやっぱりダメかあ、って思っていたら最後に名前を呼ばれて優勝よ、やっぱりすごいわ理玖。
友永理玖って名前を呼ばれたとき、さっさと私服に着替えて客席にいた理玖は黙って震えていたわ。私は理玖のすぐそばにいたのでわかっている。友永さん、いたら舞台まであがってきてくださいって司会者の人が何度呼びかけても黙っているのよ、それで私が代わりに「理玖はここにいますっ、ここにいますっ」って叫んでしまってホールの中にいた人全員から注目されてしまったわよ、ちょっと恥ずかしかったけど、理玖がいないと思われて別の人に優勝がいってしまっても困るしね。あとで理玖から「余計に恥ずかしかったじゃないの」って怒られてしまったけどそれだったら自分でさっさとお返事しないとね、あはは。
理玖は壇上にあがって誰よりも大きなトロフィーと表彰状をもらっていた。私と大豆先生はうれしくてずっと拍手していた。理玖はもう私服だったけど、お洋服がひざ下まである長めのジャンバースカートだったのでそんなにカジュアルぽくないし、中に来ているブラウスのフリルがとてもきれいに見えた。やっぱり理玖は美人だなあと私は思った。
表彰式が終わって帰り支度をしていると、理玖は誰かに呼び止められた。その人は女性で後ろに大きなカメラを持った大柄の男性が控えていた。腕章に報道スタッフと大きく書いていて獅子町テレビという名札をつけている。
「あの~今日優勝された友永理玖さんですね、バレエ雑誌ポワントの取材を受けてください」
「こっちは獅子町テレビです。取材の様子を撮影してもよろしいでしょうか」
大豆先生は大喜びで、理玖の返事を聞かないで「どうぞどうぞ」と言ったのでその場で取材開始になった。
私は理玖のお衣裳が入った大きなバッグや化粧道具一式を持ってあげていた。女性は理玖に次々に質問していた。毎日どのくらいレッスンをしているか、どんな演目が好きか、どんなバレリーナになりたいかなど。理玖はカメラも回っていたので緊張していたけれど、笑顔で質問に丁寧に答えていた。インタヴューの最後にその女性は私の方に向き直り「応援にきていたお友達からも一言」と言ったのでびっくりした。
私はどきどきしながら小さい声で「り、理玖。ゆ、優勝おめでとう。理玖は立派なバレリーナになれると思うのでこれからも応援します」と答えたの。私への質問はそれだけで、私の答えはそれだけ。ほんとにそれだけ。理玖は緊張してどもりながら答える私に向かって微笑んでいた。
それがあんな騒動につながるなんて……私の人生が変わるなんて思わなかったわ、ほんとに。