鬼ごっこ中断
俺は灯台の中をよたよた歩いていた。
「鬼に連れ去られる美少女、というのもなかなか絵になりますね」
と、俺の腕にしがみつきながら星羅が言う。
「どっちかっつーと鬼が連れ去られてるけどな」
現状、星羅に捕まった俺は鬼役となり、皆を追いかける立場になった。本来ならば星羅は俺から逃げるべき立場のはずだ。
しかし不思議な事に、星羅は俺から逃げるどころか俺の腕をがっしりホールド。時に刃をちらつかせながら、強制的に二人で灯台をさ迷うことに。
「先輩は記憶が無いんですから、無理はしないで下さいね。この鬼ごっこ、わたしがしっかりサポートしてあげます。……まぁ、わたしもここの事は全く知りませんが」
「それでどうやってサポートすんの?」
地の理を知らない二人が組んだところで無意味だろうに……というか、鬼に協力する追われる側ってなんなの。
「なぁ、せめて腕を離してくれないか。このままじゃ、誰かを見つけても追いかけられない」
「いいじゃないですか。追わなくて」
「ゲームの意義を真っ向から否定したなぁ!」
鬼が相手を追わない鬼ごっことかやる意味が無さ過ぎる!
「なら、先輩はわたしを一人にするんですか?」
ふいに、震えた声で星羅は言う。
が、残念ながらすぐに嘘泣きの類だと解った。演技が下手過ぎる……。
「病気のせいで中学は後半から殆ど行けず、高校進学も危ぶまれたわたしがなんとか入った高校……そこで馴染めず一人になったっわたしに手を差し伸べてくれたのは、先輩なんですよ」
説明口調がうさんくさいんだが……。
「病気って?」
「言ったじゃないですか、記憶力が悪いって」
そういえば、昨日そんな事を言ってたな。その後、冗談だとも言っていたが。
「得体の知れない病気でして、わたし、一定以上の記憶を保てないんです。そんなわたしが友達なんて要らないと思うのはとても自然な事。そう、自然な事です。それで悶々としていたわたしの前に、白馬に乗った王子様が現れました」
まさか、その白馬に乗った王子様というのは、俺のこ――
「ジャッキーズの一宮君です」
「それアイドルじゃねぇか」
そりゃ白馬に乗った王子にも見えるわ。つーか、なんでジャッキーズだの一宮だのそんな事を覚えてるんだ、俺。
ああ、記憶の一部が戻ったのか。確か郭畝さんも、忘れようと意図していない事を優先的に思い出す、みたいな事を言ってたからな。
「テレビの向こうにこの人が居れば、わたしは何も要らない……そうやって孤独を望んだわたしを、孤独から救い出してくれた……そんな素敵な人が居ました。それが先輩です」
「ねぇそれ救い出してなくない? 救う必要本当にあった?」
必要とされてないよね、俺。
「わたしが入学した時に手芸部は設立されたそうで、そこに、なんやかんやと入部させられたんです。殆ど強引に。でも、わたしってばMっ気もあるので、そういう展開は割と好みでした」
「さらっとえげつない事を言うよな、お前」
Mっ気もある、なんて発言を聞いても、もはや驚かない。そりゃラブホに男を連れ込もうとするやつだからな……。
「言っときますけど」
ふいに口調を強めて、星羅は頬を膨らませながら、上目遣いで俺を睨んだ。
「わたしは、誰でも彼でもこんなキャラってわけじゃないですからね?」
その言葉に、そして仕草と表情に、少し、いや、ぶっちゃけかなり、どきりとする。
「わたしがこういう事を言うのは紅夜先輩だけ――つまりわたしが見下している異性だけです」
「ときめきを返せ」
褒めるのかけなすのかはっきりしてくれ。妙な期待をしちまう。
「先輩から頂いたものはなにもかも返品不可です。なにせわたしってば病気認定されるほどの記憶力しか無い人間ですからね。今を大事にしなければならないのです。今を謳歌しなければならないのです」
とかって言ってるけど、こいつのキャラ設定は着脱式だからなぁ。
「だから先輩、ちょっと一緒に、あそこの茂みに入りましょう」
「え、なんのために?」
「え、そんな事を乙女の口から言わせるんですか? まったく、先輩はエッチな人ですね。この変態」
「目下一番の変態はお前だよ?」
星羅に変態扱いされるのは些か理不尽に思えた。
そんな感じでカオスなやり取りを、見逃されるはずが無かった。
「なーにをやってるのかしら?」
殺気を伴って登場。真打、稲美日向。
「見て解らないんですか。茂みに入ってイチャラブしようとしてたんです。勿論同意のもとで」
「俺はいつ同意した?」
変態扱いされただけだよな、俺。
「茂みでイチャラブ……成る程。そうね、紅夜も年頃だものね……」
「保護者みたいにしんみりしてるとこ悪いけど、俺は同意してないからな!?」
なんで俺の話を聞いてくれないの!? すねるぞ!
でも、と呟いて、日向は拳を握り、腰を落として臨戦態勢に入る。
「紅夜の貞操は、私が守るわ」
「ふふ、いいでしょう」
対する星羅は自分の顔の前にフルーツナイフを構えた。
「どちらが茂みでイチャラブするのに相応しいか、決着をつけましょう。稲美先輩」
沈黙。
しかし交わる視線という凶器。間に蛙を入れれば、瞬く間に動けなくなってしまいそうなほどの敵意が交わされている。
「紅夜。ここは私に任せて、逃げなさい」
待ってくれそれは男子が言いたい台詞だろう!
「だが、日向!」
「先輩!」
説得して場を収めようと試みた俺を、星羅が制する。
「足手まといです。わたし達の事を思うなら、逃げて下さいっ」
なんなのこいつら。なんでこんな熱血モードなの!?
「そうじゃ、我が盟友」
そして、後ろから吐息のように繊細な口調で、囁かれる。
「ここは既に戦場。記憶を失くし、力を扱えないうぬには重荷。……身を案じるなら、引くべき」
振り向いた先に居たのは、恥ずかしながら我が妹、虹色だった。
虹色は凛と済ました面持ちで日向と星羅を交互に見やり、最後に俺と視線を交わすと、悲しそうに表情を曇らせた。
「日の光と夜の光が聖戦を始めようとしている。互いのプライドを賭けた戦い。水を差すのは、よくない」
ああそういえば好きそうだよな、お前はこういう展開がっ!
「どうしようも、ないのか……?」
こんなくだらない事情で紛争を始めようとしている二人を止める事は、本当に出来ないのか?
「茂みの中でイチャラブするのは、衛星上よくないわ」
「知りませんよ。それが愛の弊害になるっていうんなら、そっちのほうが精神衛生上よくありません」
二人は一触即発。どちらが先に前へ踏み出すかの勝負となっている。互いの距離感を掴むための、言葉によるくだらない応酬が繰り広げられていた。
「そういう弊害があるから、愛は燃え上がるものよ。貴女もそれくらい、解るはずでしょう?」
「どうでしょうね。そうやって弊害弊害言って行動出来ない人が居るから、この世界には不完全燃焼って言葉があるんだと思いますけど?」
高尚な話をしてるっぽい空気だけどさ、結局は茂みの中でイチャラブするのはどうなの、って話でしょ? まじでこれ、止めらんないの? なにこの悲しすぎる喧騒の理由……。
「行きます!」
「来なさい!」
そして、互いの距離が瞬間で無くなる。
回避される刃。受け止められる拳。
「おいっ! やめっ」
「だめ」
間に入ろうとしたが、虹色にパーカーの裾を掴まれる。
「この戦いは、宿命。悲しいが、止めてはいけない」
とかそれっぽく言いながら目を輝かすの辞めろ?
「おい、二人とも冷静になれ!」
じゃないと、後になって「なんて理由で騒いでたんだろ……」って気分になるのは間違いないから! それが一番精神衛生上優しくないから!
「いいから逃げなさい、紅夜!」
「行って下さい! 先輩」
「我が盟友よ。この場は我が見届ける。往け」
「くっ……」
なんだよこれ……なんなんだよこれ……! 俺が逃げないと空気読めてないみたいなこの空気、わけわかんねぇよ……。
――鬼が逃げないといけない鬼ごっこっていったいなんなんだよ!
「鳥原!」
錯乱していた俺の耳に、研ぎ澄まされたテノールボイスが触れる。
見ると、少し遠くから、神野さんがこっちに駆け寄ってきていた。さっき俺を囮にして逃げた人である。
「これを使え!」
まるで、ヒーローのピンチに駆けつけた親友が状況を打破するアイテムを持ってきたかのような、そんな切羽詰まったような声で言う神野さん。そして遠くから投げられる、ふたつの何か。陽光が逆行となり、なにかは解らない。
でも、これでこの状況を打破出来るならなんだっていい!
俺はそれをガシっと掴む。
「これは……っ!」
掴んだそれを見て、俺は驚愕する。
「それは、僕が『これだけは死守しなければならない』と思って、大事に隠し持っていたものだ! それを使って、二人の暴走を止めるんだ! この争いを止める事は君にしか出来ない!」
こちらへ駆けながら紡がれた言葉。そうか、これが、神野さんにとって死守しなければならないほど大事なものか。
この、俺が朝まで履いていた靴下が。
「これでどうしろと!?」
というかなんでこんなもんだけ持ってるの!? 他の俺の服は持ってないのに!




