賢者
[賢者]
この光景を動物愛護団体に見せたら何て言うかな。「イルカは賢い動物です。なので保護しましょう」こんな言葉がまだ出てくるようであれば、きっとどこかおかしいのだろう。
いい精神科医でも紹介しようか。まあ、元々偽善で心を豊かにするようなやつ等だ元からおかしいのだろう。私は可笑しくて笑いがこみ上げて来たが笑えない。
「おい、しっかりしろ」
ひんやりとした物がペチペチと私の頬を叩く。何だろうなこれは、私が物思いにふけっているのが上司にでも見つかったのか。
いや、あのヒステリックな上司がキーキーと声を立てずに私を起こそうとする精神は持ち合わせているはずはない。それとも同僚が私を起そうとしているのか。
なんにせよ、やめて貰いたいものだ。何故だか今はとても気分が良い……。こんなに気分が良いのは久しぶりだ。何せ研究漬けでろくに休みも取れなかったからな。いや、訂正しよう気分は良はない。しかし、心地良い。この状態を私はいつまでも感じていたい。
私は薄ぼんやりとしか見えない目を開け目の前を見たが誰もいない。よし、もう少しこの状態を楽しむことができるな。私は小さな喜びとともに瞼を閉じた。
「気がついた。自分の名前は分かりますか」
再び声がする。私の名前だとそんな物分かるに決まっているだろう。田沼 孝一だ私の名前は田沼 孝一だ。
「自・分・の・名・前・は・分・か・り・ま・す・か」
三度声がする。しつこいな、さっき言ったはずだ私の名前は田沼。ここまで言い私はようやく気づいた。声が出ていない。口だけが鯉のようにパクパクと動いている。
サッと血の気が引くのが分かった。いや、元々血は無かったがな。
ともかく夢を見ている場合ではない。妄想にふけっている暇はない。急いでここから出なければ。
しかし、体が動かない。鉛、いや金といってもいい。ともかく重い。
「う、う」
生まれたての赤子のような声が出る。うめき声を上げながら必死に動こうとするのだがカタツムリにも劣る速さだ。
「動いちゃだめです。じっとしていて下さい」
若い男性は数人の男を連れ私の元へと来たと思う。実はさっきから目がほとんど見えない。動こうと無理をしたからかも知れない。
「ダイジョウブデスカ」
私は目を必死に開く。やはり、目の前に居たのは『イルカ』だった。ヤツは忌々しそうに私を見ていた。
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心地いい。こんな目覚め方をしたのはいつ以来だろうか。
「オハヨウゴザイマス」
しかし、こいつのせいでこの目覚めは最悪のものになった。『イルカ』こいつが全ての元凶だ。
ロボットに心を与える。人類が長年、夢見てきた物の一つだ。それを私たちは成し遂げようとしていた。その結果できたのがこの悪魔『イルカ』だった。これは、その名のとおりイルカの脳をロボットへと移植した物だ。賛否両論、色々あったがこの実験は成功した。
しかし、こいつが相当な曲者だった。イルカというものは知能が高いと言われている。だから、私たちもイルカを使ったのだが奴等には慈悲、慈愛、愛情と云う物がまるで無かったようだ。
しかし、知能は高かった。初めは大人しく私たちの言うとおりにして私たちの信頼を得た。そして、あの日メンテナンスに来た技術者を殺し私たち研究者達も殺した。私を除いて。
私は彼をまったく信用しなかった。理由は単純ただ単に動物が嫌いだった。そして中でもイルカが一番嫌いだった。イルカを調べれば調べるほどやつらの醜悪さを知り嫌いになった。
そこで私はヤツのアキレス腱に成った。
私はどうやら一週間も眠っていたようだった。そのせいか体が重い。
そして、私の体には重度の障害が残った様だった。手足がまったく動かないし、声も出せない。『イルカ』の仕業だ。
本当に賢いやつだ。私は思う、賢い≠知能ではないと。友情だとか愛だとか昔のドラマの主人公が言っているようなそんなくさい物が賢さではないのかと。
『イルカ』のように知能だけ高い物は意味がないと。
そして何よりこの感情。頬に伝う雫。奴等にはこれは出せまい。知能のみ上げた愚者には流すことのできないものだ。
さて、次にこの感情“憎しみ”をこいつでどう処理するか。
それが私の当面の問題だ。
end
最後までお読み頂ありがとうございます。なお、筆者はイルカを卑下するために書いたのではありません。イルカ愛護を否定するつもりもございません。感想は書くのでしたら厳しくお願いします。