使える権力は全て使いますわ
隣国=隣県、くらいの感覚で読んでください。
アイリス・コーネリスは気づいてしまった。
あれ?この世界って、『王立ダーストリアム学園』っていう小説の世界じゃない?と…
アイリスは公爵令嬢だ。
ハニーブラウンの艶やかな髪と薄い紫色の瞳を持つ美少女である。
前世の記憶をもつ彼女はある日気づいたのだ。
この世界が前世で愛読していた少女向け冒険小説の世界であると。
なんとなく、昔から感じていた。
隣国のダーストリアム王国に住む従兄弟が、誰かに似ているな?と。
従兄弟の名前はジン・レイズ。
黒髪に薄紫の極上の美貌をもつジンは、とんでもない俺様野郎だった。
とにかくウザい。
俺様の言うことが聞けないのか?弱いくせに。が口癖なのだ。
1つ下の公爵令嬢に力で張り合う時点でクソガキである。
そんなジンも隣国で貴族学園に通う内にクソガキ感も薄れ、か弱い美少女に力でマウントを取ることもなくなった。
そうして、いとこ同士良好な関係を築けるようになった頃、ジンの口から“カイト”と言う名前を聞いた時、アイリスは気づいたのだ。
『王立ダーストリアム学園』
アイリスが生まれ変わった世界が、その小説の世界であると。
聖魔法使い、カイト・マイルストン
公爵家の後継であり、金髪碧眼の王子様ルックの圧倒的美青年。
前世のアイリスの推しである。
愛読していた小説がアニメ化した際のキービジュアルが公開された時、アイリスは全財産をカイトに捧げると誓った。
前世のアイリスは、火力強めのヲタクだったのだ。
ちなみに、カイトと人気を二分していたジンは俺様キャラとして人気が爆発していたが、アイリスは歯牙にもかけなかった。
俺様はタイプじゃないのである。
転生後は、ジンのクソガキムーヴの被害にあっていたので、アイリスの見る目は間違っていなかった。
しかし、である。
小説のストーリーを思い出して、アイリスは思案した。
主人公は聖女、アンジェラ。
彼女が黒魔術師の陰謀を暴き、魔王を復活させその力を利用して王国を支配しようとする黒幕を、集めた仲間と共に倒す。
カイトとジンは親友であり、アンジェラをめぐる恋のライバルでもあった。
しかし、物語の後半。大切な人々を守るために力に固執したジンは、黒魔術師の策に嵌まり闇落ちしてしまうのだ。
そしてカイトの手により命を落として…
そこでアイリスは思案を辞めた。
ジンはいけ好かない俺様野郎だか、アイリスの大切な従兄弟である。
それに、推しのカイトの手を親友の血で染めてはいけない。
推しには幸せになってもらいたいのだ。
アイリスは机に向かい、手紙を書き始めた。
夏の間の外遊、という名目で隣国ダーストリアム王国に足を踏み入れたアイリスは、そこで想定外の出会いを果たす。
カイト・マイルストンである。
ジンに協力を仰ごうと、手紙を出したというのに。
あの自己中俺様野郎は、“忙しいから”という理由で親友のカイトを寄越したのである。
初対面の隣国の公爵令嬢、その相手を任されたカイトは、爽やかな笑顔でアイリスをエスコートした。
アイリスは推しの過剰供給により何度も意識が飛びそうになりながらも、なんとか会話をする。
「わたくしの従兄弟が、無理を言って申し訳ありませんわ」
「いえ、構いませんよ。このような麗しいご令嬢をエスコートできるのですから」
麗しい!令嬢!
推しが私を、褒めている!
脳内ファンファーレが鳴り止まないアイリスは、その喜びを貴族令嬢の矜持でグッと抑えた。
「まったく…ジンったら。忙しいって何なのかしら」
「最近ジンは、とあるご令嬢に夢中なんです」
「まぁ…ご令嬢に?どんな方でしょう?」
もしかしなくても、相手はアンジェラだろう。
なんてこった、アイリスがこちらに来たせいでアンジェラとジンにフラグが立っているなんて…!
「えーっと…なんて名前だったかなぁ?」
「もしかして赤毛の…?可愛らしい方かしら?」
「うーん、赤毛ではなかったと思いますよ。普通の…うん、普通の可愛らしいご令嬢って感じです」
「普通の…?」
アンジェラは艶やかな赤毛に新緑の瞳をもつ美少女である。
普通の令嬢、と表現するということは別人なのだろうか。
アンジェラの計画はこうである。
カイトを幸せにする=ジンの闇落ち阻止。
その為には…黒幕の魔術師を潰すのが一番手っ取り早い。
使える全ての権力とコネを利用し、その諸悪の根源を摘み取るのだ。
諸悪の根源の黒魔術師…ダーストリアム王国のとある侯爵が財務省の財源を横領しているとの情報が、公爵家の諜報員により上がっている。
その罪で拘束し、家宅捜索で黒魔術師としての陰謀も暴く、という寸法だ。
問題はどうやってカイトのエスコートをかいくぐり、横領に気づく振りをするかだが…
出来る公爵家の諜報員が、素早く偶然を装い財務省の資料を目の前でぶち撒けてくれた。
拾うのを手伝う振りをして、資料に目を向け
「あら…?」
と声を上げるだけ。
「これ、ここの計算おかしくないかしら?」
おっとりとそう言うだけで、護衛(という名の諜報員)が「おかしいですね」と同調する。
「どうしたんですか?」
とカイトがこちらを振り返るので、資料を見せて
「ここですわ。隣国の事に口を出すのは烏滸がましいですが…」
と遠慮気味に言うと
「いえ、これは確かに変ですね。」
と真剣に資料に向き合うカイト。
眉間のシワが尊いわ…
とアイリスは思った。
その後、財務省に横領疑惑あり、と結論づけたカイトだが、確証を得るまでは大事には出来ないとアイリスに協力を求めてきた。
「あの資料を少し見ただけで違和感に気づくなんて、アイリス嬢は聡明な方ですね」
夏の青空の様な瞳に見つめられ、協力してくれますか?と問われ、否、と答える乙女がいる訳がない。
かくして、2人は一夏の間共に過ごし見事、黒幕の魔術師こと、侯爵家当主を捕らえる事が出来たのだ。
無事にジンの闇落ち阻止が出来たと安心したアイリスは、帰国する前に従兄弟の顔を見ようと思い立った。
もしも、アンジェラとのフラグが立っていたら潰して帰ろうと思ったのだ。
失恋に咽び泣く従兄弟を見下ろしてやろうという算段である。
噂によれば、主人公のアンジェラが聖女の力を発現させたという。
アイリスの記憶より少し早い気がしたが、物語の主軸フラグをブッ壊したのでその影響かもしれない。
この一夏の間に、推し様を一生分供給してもらった。
後はカイトとアンジェラが結ばれるのを見届ければ、何も思い残す事はない。
ズキリと軋む胸の痛みに、アイリスは気づかないふりをした。
目の前のこの光景はなんだろうか。
教会の中で、神々しい光を浴びる聖女アンジェラ。
そのアンジェラの前に跪き愛を乞う騎士…。
「あっ、お邪魔みたいですね。少し後でまた訪問しましょうか」
何でもないようにそっと目の前でカイトが教会の扉を閉めた。
「あの…今のは…?」
「あの女性が、聖女アンジェラ様です。彼女に跪いていたのは、バードと言って私のクラスメイトですよ」
「バード…?」
バードって、あの聖騎士バード?
待って。原作では2人にフラグなんて一瞬も立ってなかったはず。
2人の間には友情しかなかったはず。
「お二人は…、その…」
「はい。アンジェラ様が聖女として力を発現させる前から惹かれ合っていた様に思います」
バードの奴、やっと彼女に想いを伝えたんですねぇ~
なんてニコニコと嬉しそうに話すカイトに
「えぇ~…」
と、間の抜けた返事しか出来なかった。
「その…カイト様は、聖女様とご面識はございまして?」
「聖女様とですか?えーっと、確かお話したことがあります。ジンの想い人の女性がいると話したでしょう?アンジェラ様とその女性が友人なんです。そのご縁で何度か。」
何でもないことの様にカイトが話す。
そうだ…そうだった…
カイトとアンジェラは、黒魔術師の陰謀を暴くという一連の流れのなかで絆を深めるのだ…
陰謀が始まらなければ、フラグも立ちようがない…
そしてそのフラグは、アイリスが完膚なきまでに叩き潰したのだった。
こんな初歩的なミスに気づかないなんて…
カイトの幸せの為と思いながら、無意識の内に従兄弟のジンの生命を守る行動に比重が傾いていたのだろう。
(推しの幸せよりも、人命を優先していたのね。わたくしの心が清らかな証拠よ!)
アイリスはそう切り替える事にした。
これくらい自分本位でなければ公爵令嬢は務まらないのだ!と自己完結して。
「アイリス嬢?聖女様とのお話を御希望のなら、友人のバードにお願いしましょうか?」
考え込むアイリスを気にして、カイトが提案してきたが、それは断った。
フラグ折りまくってしまったので、ヒロインに合わせる顔がないのである。
「それよりも、王都観光がしたいですわ。この前まで、ずっときな臭い事件を追ってばかりでしたもの。せっかく隣国に来ているのですから、ね?」
そう言ってカイトの腕に腕を絡ませる。
「…っ!…そうですね。甘い物はお好きですか?」
「えぇ、大好きです」
カイトの目を見ながら言うと、彼は顔を赤くしながら、必死に話している。
この夏の間、何度も自分に向けられるカイトの熱い視線を感じていた。
その度に、彼にはアンジェラがいるから、と一線を引いていたのだ。
しかし、アンジェラとカイトのフラグが消え去ったのなら。
アイリスは遠慮しないことにした。
推しのフラグを折ってしまったのだ。
責任を持って推しを幸せにする。
公爵令嬢はこれくらい厚かましくないと務まらないのだ!と開き直った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
アイリスとカイトのお話はこれで完結です。
次の話はオマケ話で、シリーズ別作品のカップルが登場します。
そちらの方も、よろしければ楽しんでください。
まぁまぁ面白かったな、と思われた方。
評価をしていただけると幸いです。




