お客様は神様です
自動ドアが開いて入店音が響いた。
「いらっしゃいませー」
誰かが発すれば、実態がどうあれ、輪唱するように店員たちは同じ言葉を口にする。
ジリジリと等しく地表を焼く太陽のすめらぎより生まれ出でた熱が、開いたドアからやってきて、店内の冷気に殺されながら、俺の喉元に迫って最後、自動ドアが閉まって砕けていく。
冷や汗が首の大動脈をなぞるように流れ、俺は短く息を吐いた。
「すっごいじゃん。もう慣れたんだ?」
レジの前で棒立ちのまま、小声で話しかけてくる岡野さんに「そろそろ死にそうなので代わってください」と浅い呼吸を繰り返しながら毒を吐いた。
「いやよ。全然よゆーそうだし。それに、こーへー君、あたしも殺す気?」
「……あれは事故でしょ」
無駄口を叩いていると、飲み物やらお菓子やら惣菜やらをカゴいっぱいに詰め込んだお客様がレジの方へと歩いて来た。
——こっちに来るなこっちに来るなこっちに……。
なんということだろう。願い虚しく、俺の立つレジのカウンターに、音を立ててカゴが置かれた。舌打ちをしそうになって、ぐっと堪えた。
お客様は顔、……たぶん顔にあるたくさんの目を見開き、なんなら全身、そして所々に生えた触手の先端にある目の全てで俺を凝視している。
——大丈夫、だいじょうぶ。落ち着けおちつけおちんつけ。
絶対に目を合わせてはいけない。これはそう、ヤンキーのメンチ切りと同じ理屈だ。見たら絡まれて、いやほんとに物理的に絡まれて、ケツの穴の毛の一本までむしり取られる。
金だ。金を取られるなら可愛いものだ。いくらでもくれてやろう。でも、こいつら、もといお客様は、問答無用で命を取りにくる。一つ、何か機嫌を損ねれば、次の瞬間にはあの世への快速急行に乗車していることだろう。
震える手で一点ずつバーコードを読み取り、商品をレジ袋に詰めていく。バーコードリーダーを持つ手が震えるせいで中々読み取れなかったり、袋詰めに少々手間取ったが、なんとか支払いまで済んで事なきを得た。
お客様は足……はないけど足取りの軽くで退店していった。
店にはようやくお客様がいなくなった。
それは仮初の安寧だった。
お客様がいなければ、ひとまず、命の危険はないのだ。
俺はカウンターに手をついて、乱れた呼吸を整えた。
生きていることを実感して、その事実に身が悶え、喜びが恐怖を凌駕する。
俺は、ドMなのかもしれない。
「すっごいねーさっきの。あたし一年働いてるけど、あんなヤバいのはじめて見た」
こんなにもときめかない女性の「はじめて」に、鳥の糞が実はおしっこだったくらいの驚きを感じながら、つくづく自分の霊媒体質に嫌気が差していた。
「できれば二度と来ないで欲しいですね」
それは紛れもない本心であった。純粋な願いですらあった。もしこの願いが叶うなら、神様仏様に全力で祈ろうとも。しかし、それが無意味であることくらい、よくよく理解している。なぜなら、ここに来るお客様たちこそが、そいつらなのだから。
また自動ドアが開いた。四度目の太陽が俺の喉元へと迫ってきた。先ほどよりも近づかれた気がするのは、正午が回ってその力がピークに達するからだろうか。
太陽を連れ立って来店したのは、ルビーのような輝きを放つ核と半透明の膜のようなもので覆われた球体状のお客様だった。ふよふよと上下に浮き沈みを繰り返しながら移動する様は、どこか可愛らし気がある。
さっきの化物とは大違いだ。……格、というか力量とか存在そのものという意味でも。
——なーんでこんなことになっちゃったんだろ。
つと溜め息を吐き、天井を仰いで、引きつった笑みが浮かぶ。
目を瞑り、半ば諦めにも似た焦燥の中、俺はこのコンビニで働くことになった経緯を思い出していた。




