真祖になりたい吸血鬼
そこは荒廃したとある教会の地下室であった。
頑丈に、かつ潔癖なまでの密閉空間へと仕上げた部屋で、ジルは自らの用意した棺桶に入り、蓋を閉じた。
棺の中は光の一切を遮断した無明の闇である。いくら夜目の利く吸血鬼と言えど、わずかばかりの光すらない空間では、何も見ることは適わない。
「ふへへ、上手くいった。あとは心臓を止めるだけ」
ジルは腕を交差させて、目を閉じ、ゆっくりと鼓動を小さくしていく。
——それじゃあ、十年後までおやすみ。
吸血鬼たちの間にはある伝承があった。
曰く、真血の儀と呼ばれる儀式を完遂することで、吸血鬼の祖たる真祖に覚醒するのだとか。
真血の儀とは、次の通りである。
・十年以上、日光を浴びない
・十年以上、心臓の鼓動を止める
・鼓動を取り戻してから七日の間に、千人以上の人間の血液を摂取する
現代において、この儀式を成功させて真祖に至ったものはいない。
それでも吸血鬼たちにとって真祖になるということは変わらず憧れだった。
若き天才吸血鬼の呼び声高いジルもまた、真祖になることを夢見て儀式を実行した一人であった。
ただ一つ、この天才の欠点を挙げるとするならば、それは極度のおっちょこちょいということ。
例えば、十年後に目を覚ませるようにと自身にかけた魔術の設定が千年後になっていたり、地下室の内鍵をかけ忘れて誰でも入れるようになっていたり——。
「おいそっち持て」
「おっも、何入ってんだこれ」
「も、もももしかして、し、死体……とか?」
「んなことでいちいちビビんな。持ち上げるぞ、せーのっ!」
墓専門の盗人三人衆は、緑の生い茂った森の中で、偶然見つけた地下への入り口を開け、中にあった棺桶を外へと運び出している最中であった。
「さーて、どんなお宝が出てくるかな」
点在する星々の心もとない光のみに照らされる新月の夜、棺を地下から引っ張り出した盗人たちは、待ちに待ちきれず中身を検めることにした。
華美な装飾こそないが、一目見ただけで分かるほど重厚かつ静謐で気品に満ちたその棺の中身は、きっとお宝眠っているに違いない。例えそうでなくとも、この棺を売るだけで相当な儲けになるだろう。盗人たちは収入のことで頭がいっぱいになっていた。
ガチャン。ギィィ……。
何か金属の外れる音がして、しかし一切の抵抗感もなく、棺の蓋が持ち上がった。
『おにーちゃん。起きて時間だよ。時間だよ起きておにーちゃん』
どこからともなく媚びた幼女の声が辺りに響いた。
盗人たちはびっくりして棺から距離を取り、周囲を窺う。しかし、人影はおろか動物の気配すら感じられない。誰かの唾を飲む音さえ聞こえる静寂の中で、開きっぱなしの棺から別の声がした。
「ふわぁー、よく寝た。十年後って意外と早いね。まだちょっと寝足りないや」
上体を起こし、恐らく伸びをしているのであろうその影を見て、盗人たちは示し合わせたわけでもなくただ本能のままに、その場から一目散に逃げ出していた。
「おっ、ラッキー」
寝起きで皺枯れた声レベル百みたいな音が耳元で聞こえた直後、盗人たちは地面に倒れていた。体の末端が痺れ、寒さに震え、心臓の収縮に痛みが伴い、喉は乾いて、訳も分からないまま意識が暗転した。
「さーて、あと九百九十七人か」
ジルはごくん、と喉を鳴らして口元についた血を親指で拭い、唇に薄く紅を引いた。
「よっこらせ」
掛け声と共に棺から出ると、背中から翼を生やし、月明かりのない森閑とした夜空へと飛び出した。
「とりあえず人のいる街を探さないとな」
真祖になるべく、意気揚々と夜空を駆け出したジルはまだ知らない。
そこが千年後の世界であることを。
そして、真血の儀のとんでもない罠を。




