お前のせいだ
風が吹いていた。
高く伸びた落下防止用のネットに掴みかかり、橋の上から深い深い谷底に顔を覗かせる。
川が流れていた。
一足早くに夜闇の帳が降りた峡谷は、夕陽に伸びた僕の影を掴んで引きずり込んでしまいそうな、底冷えする狂気をはらんでいた。まるで夜の海を眺めながら、知らぬ間に波打ち際まで足が進んでいた時のような、ある種の洗脳にも似た誘惑に意識を持っていかれそうになる。
どれだけの注意喚起や防止策を講じようと、自殺者が後を絶たないのも頷ける。
しかし、それだけだった。
この橋は心霊スポットとして、地元どころかその界隈にはそれなりに有名どころのはずなのだが、こうして十数分ほど待ってみても、怪奇現象のかの字もなければ、幽霊のゆの字も見当たらない。
せっかく両親からの束縛が強くなることも覚悟の上でやってきたというのに、肩透かしもいいところであった。
まあでも、実際はこんなものなのかもしれない。
僕に霊感が一切ないという可能性を除けば、心霊現象に見舞われたり、幽霊に憑りつかれたり、命にかかわる事故に巻き込まれたり、などということは起こり得ないのだろう。
ここ以外にも、いくつかの心霊スポットを回って何事もなかった僕が言うのだから間違いない。
僕は諦めて帰ることにした。
ベンチでぼーっと、藍色の空に押しつぶされていく夕陽を眺めながら、二分遅れでやってきたバスに乗り込む。
スマホを開いて電車の時刻を確認する。この分だと、門限の十八時を二十分ほど過ぎてしまいそうだった。
なんて言い訳をしようか。窓枠に肘を置いて頬杖をついた。溜め息がこぼれて、バスが停まり、人が乗り込んでくる。
友達と遊んでいた。
いや、ダメだ。僕に友達はいない。むしろいじめを疑われて余計に面倒なことになる。
バスと電車が遅延していた。
これもダメ。両親は基本的に僕を信用していない。調べれば分かる嘘は火に油を注ぐのと同じだ。
素直に白状する。
実はこれが一番ダメ。まず行っていた場所が悪い。また自殺をするんじゃないかって、今度こそGPSを付けられて、行動を二十四時間監視されるに決まっている。
学校の図書室で勉強をしていた。
結局はこれが無難だろう。放課後、わざわざ図書室で勉強する物好きなんて僕の高校にはいないし、先生も見回りになんてやってこない。図書委員の生徒なんてほとんどサボっている。
これまでの言い訳とまったく同じで、そろそろバレるかもしれないという懸念に目を瞑れば、今回も上手く誤魔化せるはずだ。
そうと決めれば悩みなんてどこへやら。僕はソシャゲを起動して、頭の中はもうすっかり次のガチャイベントでいっぱいになっていた。
ゆえに、この時の僕はまだ知るよしもない。
すでに僕の周りでは不可解な現象が起こっていたことに。
それが明るみになる事件が、今日、学校の図書室で起きていたことを。




