魅力を捨てた悪役令嬢は、他の魅力で無双する②
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「やっと、この時が来ましたわ!」
平民の衣装を身にまとったセリーヌは、自分の隠しきれない愛らしさと品の良さには気付かず、完璧な変装が出来たと鏡の前でご満悦だった。
その姿に、愛猫達が呆れた視線を向けている。
「あれで、貴族とバレないと思っている浅はかなあの子を、私は、嫌いにはなれないのよね」
ため息をつくのは、メインクーン。
その正体は、業火の魔女と呼ばれるアゼリア。
彼女に頼まれ、『魅了』を封印してやったのが、八年前。
今年十六歳になったセリーヌは、冒険者登録をする為にお忍びで街に行くという。
その変装が、あまりにも稚拙、かつモロバレなのを『バカな子ほど可愛い』と思いながら眺めていた。
「確かに、あの粗忽さは、憎めんな。まぁ、奴は、幾つになっても変わるまい」
トラネコ姿の聖獣は、セリーヌに買ってもらったネズミの玩具と戯れながら笑った。
元々転生前は、二十八歳の社会人。
あの性格は、転生前からのものなのだろう。
幼女の頃は、『大人びた子』と呼ばれていたが、今となっては年相応どころか、『聡明さとは裏腹な幼さが良い』と変な愛され方をしている。
「僕は、どんなセリーヌでも、大好きさ」
精霊王は、八年たってもマンチカンの子猫姿。
その事を、メイドも執事も、セリーヌの父も不思議に思わないところが、また、不思議。
多分、何かしらの魔術をかけているのかもしれない。
彼は、あいも変わらず愛らしさを振りまき、セリーヌに抱きしめられるのを日々の楽しみとしている。
「精霊王様、ジャレつかれては、出立が遅れてしまうではないですか」
足元に来た精霊王に、グリグリと顔を擦り付けられ、毎度の如く抱き上げてしまうセリーヌ。
文句を言っても、自分から精霊王のお腹に顔を押し付け匂いを嗅いでいるのだから説得力がない。
「馬鹿者。精霊王の策にはまりよって。さっさと出掛けなければ、また、父親に見つかるぞ」
セリーヌが魅力を封じたはずなのに、父ルシウスの溺愛は深まるばかり。
何せ、愛妻が残してくれた一人娘。
彼女の為なら、己の命も惜しくないと思っている。
仕事の出来る男ルシウスは、部下を上手く使いこなし、定時退勤を心がける。
しかも、少しでも時間が出来れば、屋敷に戻ってきてしまう重度の愛娘依存症だ。
いつ何処から現れるか分からず、平民姿のセリーヌを見たら、きっと大騒ぎして監禁騒ぎを起こすことだろう。
「そうだったわ!」
今更慌てて、セリーヌは、床の上に精霊王を優しくおろした。
「では、行ってきます!」
自分の身代わりに、魔法で作り出した自分そっくりの人形をベッドに寝かせ、セリーヌは、部屋の窓を開けた。
2階だというのに、何の躊躇も見せずに飛び降りる。
地面に着地する寸前、風魔法で体を浮かせ、コロンと受け身を取るのも慣れたもの。
何せ、彼女は、世界屈指の魔女に聖獣、精霊王に女神にまで愛され、その能力を惜しみもなく注がれて育った腕白少女なのだから。
開け放ったままの窓を、シャム猫姿の女神が無言で閉めた。
何故なら、他の3匹の姿は、既に消えていたからだ。
「こんな楽しそうなこと、見逃すはずないじゃなに」
「我もついていくぞ」
「僕も、僕も」
メインクーンにトラネコにマンチカンの3匹は、既にセリーヌの後を付いて歩いていた。
その事に彼女が気付くのは、冒険者ギルドのドアをくぐった時だった。
「お嬢さん、ここは、動物の持ち込み禁止だよ」
入口で、坊主頭の屈強な大男に足止めされ、セリーヌは、後を振り返った。
「やだ、皆、ついてきたの?」
「「「にゃ~」」」
猫撫で声で猫らしく鳴けば、セリーヌは、困った顔をしながらもしゃがみ込んで三匹を撫で回す。
立派な愛猫家と育った彼女は、本気で怒ることなど出来ないのだ。
「困ったわね。外で待っていられる?」
「「「むりにゃ~」」」
他の人に、どう聞こえているかは分からないが、セリーヌの耳にはハッキリと拒否しているように聞こえた。
「無理みたい」
眉を八の字にして男を見上げると、強面の男は、顔を真っ赤にして無い髪を搔き上げた。
「し、しかたねぇなぁ。お、俺様は、『飛魚団』のカシム。俺が、ギルド長に口を利いてやるよ」
聞きもしないのに名乗ったカシムに、猫達は、
「「「シャー」」」
と威嚇をするが、当のセリーヌは、
「まぁ、ご親切に」
と感謝を述べて頭を下げる。
彼女の騙されやすさは、天下一品だ。
この男、最初は隠しきれない育ちの良さを滲ませるセリーヌを拉致し、金を要求しようとしていた。
しかし、あまりの愛らしさと、封じても意味がなかった『魅了』以上の魅力で、呆気なく陥落したのだ。
だが、悪い男なのは、間違いない。
裏では、スラム街に住む少女を闇市に流したりと、悪行の限りを尽くす犯罪者なのだ。
そんなことも知らず、のこのこと後をついていこうとするセリーヌの服を、後から引っ張る人間がいた。
「お嬢ちゃん、悪が、ソイツに用があるんだ。あと、動物も入店して構わない。どうぞ中に」
そう言ってくれた男を見上げ、セリーヌは、固まった。
なにせ、前世から愛してやまない人、S級冒険者竜殺しのファントム・メナスがそこにいたのだから。
「あ、あ、あ、あ、あ、あの!ずっと好きでした!ファンです!握手してください!」
セリーヌは、頭を下げて右手を差し出した。
初めて会ったはずの少女に、物凄い勢いで迫られ、ファントムの方が一歩後ろに引く。
「あ、ありがとう。うん、握手な。これでいいか?だから、早く中に入ってくれ」
言い訳程度に少し握手をすると、ファントムは、セリーヌの背中を押し、三匹の猫が冒険者ギルドに入るのを見届けて扉を閉めた。
「俺の獲物を横取りか?」
極上品を目の前で奪われ、カシムは、腰にさした剣に手を伸ばす。
しかし、ファントムは、先に相手の剣の柄を掴むと引き抜きカシムの首筋に当てた。
「カシム、お前に逮捕状が出ている。悪いが、拘束させてもらう」
そう言うと、
ドン!
剣を持つのとは反対の拳で、カシムの腹にパンチを打ち込んだ。
そして、声を上げることすらできず、白目を剥いて後ろに倒れていく大男を軽々と肩に担ぎ上げる。
その様子を窓から覗き見ていたセリーヌは、鼻息荒く、
「はんぱねー、ファントム様、かっけー」
と公爵令嬢とも思えぬ言葉遣いで賞賛していた。
その後姿に、三匹の猫が残念な子を見る視線を向けていたことは、言うまでもない。
「では、この水晶玉に、手を置いてください」
冒険者ギルドの受付嬢は、明らかに貴族令嬢のお忍びと分かっていても、動揺することはない。
なにせ、冒険者登録をする人間の素性など、上から下まで様々なのだ。
身分等を考慮に入れず、ただ、実力さえあれば受け入れるのが冒険者ギルド。
一旦登録すれば、戸籍がなくとも身元が保証される為、スラム街の子供から貴族の落とし胤まで、幅広い人間がこの恩恵にあやかるのだ。
ただ、どう見ても箱入り娘のセリーヌに、周りの冒険者達の方が気を使っている。
この場に馴染めていると本気で疑っていない愛らしい少女を、ガッカリさせたくない変な空気が漂っていた。
「わぁ、緊張する。皆、見守っててね」
足元の猫に向けて、まるで人間に話しかけるようにブツブツ物言うセリーヌに、冒険者達の胸はポカポカと温かくなった。
久しぶりに感じる優しい気持ちに、長らく殺伐とした時間を過ごしていたのだと改めて気づく。
ここに集う一同が、セリーヌの初めての能力検査に、『頑張れ』と心の中でエールを送っていた。
「えい!」
気合を入れて手を置くと、
ペカーーー!!!
目を押さえたくなるほどの神々しい光が辺りを照らした。
色は、白に近い銀色。
発光度合いは、最上級。
水晶玉に映し出された能力は、あまりに多すぎて、みっちりと書かれた文字が小さく、受付嬢は虫眼鏡を取り出した。
「よ、読み取り不可ですが、物凄い勢い能力を沢山お持ちなのは間違いないようです」
強い光と文字の小ささに諦めた彼女は、登録用紙の能力欄に、『測定不能。ヤバい』と書くのが精一杯だった。
こうして、冒険者としての一歩を踏み出すことになったセリーヌだが、気になるのは、
「ファントム様は、どこかしら?」
の一事であったことは、言うまでもない。
「ファントム様、今日も、よろしくお願いいたします!」
目の前で頭を下げる少女を見て、ファントムは、非常に後悔していた。
先日、冒険者登録をしたばかりの新人が規格外すぎるため、そのお目付け役に任命された。
まさか、その彼女が、自分に熱烈に愛を捧げてくるとは思ってもいなかった。
しかも、彼女が、宰相の一人娘で公爵令嬢のセリーヌ・デュボアだということは、既に冒険者ギルドによって調べがついていた。
家族に内緒で冒険者になったことも問題だが、将来の夢が、
『ファントム様と冒険の旅に出ることです!』
と鼻息荒く宣言されれば、頭を抱えるしかない。
パーティーを組むつもりはないと何度言っても、
『大丈夫です。後をついていくだけですから!』
とストーカー宣言とも取れる発言を繰り返す。
ただ、確かに彼女の能力値は高すぎて、放置するのも危険ではある。
ファントム以外の者では扱いきれず、力をコントロール出来るようになるまで、面倒を見ざるを得ない状況なのだ。
「では、今日は、魔力を放出する訓練をする」
「はい!」
セリーヌは、元々生まれながらに魔力量が多いのだが、魔女、聖獣、精霊王、女神に囲まれて育ったせいか、更に拍車がかかり、日に日に増えている。
このまま放置すれば、身体のほうが耐えられない日が来るだろう。
その為にも、不要な分は、定期的に体外にださなければいけない。
かと言って、爆撃魔法を連発されれば、周りの生態系すら壊す勢いで破壊行為を行うことになる。
そこで、魔力を物質化して、いざという時のために保存しておく方式をとる事になった。
繊細な魔力操作が必要となるが、集めた魔力を手の中で固め、魔石に変えるという高等魔法。
こうすれば、他者も通常の魔石と同じように、利用可能となる。
火をつけたり、水を出したり、生活魔法にも転用できるため、売り買いもされる。
のちのち金に困れば、商業者ギルドに売れば良い。
そう言われて、セリーヌは、俄然張り切っていた。
「ファントム様に、お金の苦労はさせません!」
「うん、俺は、君に養ってもらわなくとも生きていけるから心配しないでくれ」
ファントムは、気づいていた。
早く新人教育を終えて、彼女から離れなければ、この馬鹿で純粋で、愛らしい少女を愛してしまうことを。
そして、自分と彼女の間には、決して越えられない厚い壁があることも。
しかし、こんな風に考えている時点で、時すでに遅しと気づくべきだった。
既にファントムの心の中で、セリーヌ・デュボアの占める割合は、かなり大きくなっていたのだから。
「どうも、初めまして、ファントム・メナス様。いえ、王弟であらせられるファンタズマ殿下」
目の前に座るのは、セリーヌの父、ルシウス・デュボア。
ファントム、いや、ファンタズマは、王宮の奥深くに設けられた彼の自室で、大きくため息をついた。
「やはり、気づいていましたか」
「えぇ、勿論。娘が、冒険者登録をした日から、ずっと見守っておりましたから」
セリーヌが、幼い頃、行方不明になって以来、ずっと隠し事をしていることを父親として知らないわけはなかった。
しかも、娘は、馬鹿が付くほど正直な子だ。
時折、物思いに暗くなることもあり、やりたい事は、全て見守ろうと思ってきた。
実際、何度も途中で止めたくなった。
ファント厶の相棒である少女の名声が高まるほど、心配で胸が張り裂けそうだった。
ただ、自分では導けなかった魔石製造による魔力量コントロールは、同じように、魔力過多で苦しんだファンタズマでなければ出来なかったことだろう。
感謝こそすれ、恨みなどない。
ただ、娘の彼に対する思いの真剣さと、現在王家から王太子妃にと執拗に迫られ、父として取るべき行動に出ることにしたのだ。
「ファンタズマ様、王宮を出るお覚悟はございますか?」
「何が言いたい?」
「私の娘を連れて、大空の下、生きていく覚悟があるのかと聞いているのです」
セリーヌは、王太子妃として、本人が望む望まざるに関係なく、能力はある。
ただ、籠の鳥として外に出られない生活を、あのお転婆娘が出来るとは思えない。
いつか抜け出し逃亡するなら、先に、信頼できる男に預ける方が幾分マシだ。
「俺は、元々『ファントム(幽霊)』だ。居ても居なくても、王家は困らないだろう。そして、俺からセリーヌを奪うと言うのなら、敵対することも、やぶさかではない」
能力の高さでは十歳年上の現王よりも優れていた彼だが、側妃の息子であり後ろ盾も無かったことから、逆に追い込まれる形となり、王家の奥底で息を潜めるように生きてきた。
彼が、冒険者として名を馳せていることにすら気づいていない王族は、優秀過ぎる王弟が反旗を翻しさせしなければ干渉してこようとはしないだろう。
死んだと見せかけて逃亡することなど、彼にとっては容易い。
ただ、それを父親であるルシウスが許すとは思っていなかった。
許可さえでるのであれば、何の憂いもなく飛び立てる。
「今、この瞬間でもセリーヌを攫う覚悟はある」
「安心しました。よろしくお願いいたします。ただ、便りは欠かさぬように。滞在先に私も手紙を送ります。数年経ち、ほとぼりが冷めたら、私も逃亡するといたしましょう」
ニヤリと笑うルシウスも、貴族には向かない男だ。
病弱な妻の為に公爵家を継いで定住したが、彼もまた、若かりし頃は、冒険者として世界を旅していた過去を持つ。
「さあ、早く。王家から、そろそろ娘への召喚状が届くはず。あの子なら、秒で騙され、婚姻のサインをさせられかねない」
「ははは、間違いない」
こうして、王家の片隅で、王弟殿下ファンタズは病の為に息を引き取った。
市民の誰もが名前さえ知らぬ王族は、葬儀すらまともに行われぬまま葬られる。
その代わりに、あのS級冒険者、ファントム・メナスが世界一周の度に出たと話題になった。
無論、無二の相棒である少女を連れて。
ファムス王国の冒険者ギルドは、火が消えたように静かになった。
三匹の猫を連れて闊歩する少女の姿が見えなくなったからだ。
後を追うにも、聞こえてくる活躍の噂は、世界を股にかけている。
たどり着いた頃には、別の街に移っていることだろう。
「こんなことなら、告白しておけばよかった」
ポツリと呟いた新人冒険者にベテラン冒険者が肩を叩く。
「お前の手に追える女じゃないことは、確かだ」
ファントムに負けるとも劣らない魔力量と俊敏さを武器に、彼女が放つ魔法弾は避けることさえ叶わない。
丸焦げにされた獲物が運び込まれてきたのも、一度や二度ではない。
「きっと、笑って旅をしてるさ」
皆が、あの可愛い娘を思い出し、目を細める。
いつの日か、再会できることを信じて。
「ファントム兄!魚が泳いでいます!」
「海だからな」
「ファントム兄、カモメが飛んでいます!」
「海だからな」
暴漢に襲われ、顔に大きな怪我を負い、領地で静養をしているはずのセリーヌ・デュボアは、ここには居ない。
今、カモメに向かってパンを投げるのは、ファントムの相棒、セリ。
平民とは思えぬ気品を称える彼女は、明らかに不釣り合いな男装をして男の子のふりをしている。
誰が見ても、可愛い女の子。
お兄ちゃんのお古を着ているのだと思われている。
ただ、兄と呼びながらも、二人が互いを見る眼差しは愛に溢れ、本当の兄妹ではないのだと察することができる。
「セリ、そろそろ下船の時間だ」
「はい!」
元気よく返事をしたセリーヌは、ニコニコ笑いながらファントムの後をついていく。
その後を、メインクーン、トラネコ、マンチカン、そしてシャム猫がトコトコとついて歩くのを他の客が、微笑ましく見つめていた。
完
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