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悪あがき

 ほんの少し機嫌を直し、カフェーロイアルの従業員入り口から中に入る。

 いつものようにドレスに着替えてフロアに出ると、馴染みの得意客たちからご指名が入った。


 胡蝶はその名の通り蝶のようにくるくると、あちこちのテーブルを回る。時折求められて、ホールでダンスを踊る。


「胡蝶さん、一番テーブルに入って」


 支配人に命じられて一番テーブルに向かうと、座っていたのは邨瀬と三ツ橋、その取り巻きたちだった。


「あら、邨瀬さん」


 胡蝶はちょうどいいわと思いながら邨瀬の隣に座った。テーブルのビール瓶を取り上げ、グラスに注ぎ入れながら、甘えるように体をすり寄せる。


「邨瀬さぁん、私、お願いがあるんですの」

「なんだい? もっと大きな役がほしいのなら、少し待ってくれないか?」

「大きな役もほしいですけれど、それよりも、私を社交界に連れて行ってくださらない? 私、もっと社会勉強がしたいんですの……」


 胡蝶のおねだりに、邨瀬は「よしよし」と頷いた。


「今度、宇野社長主催の宴会に招かれているから連れて行くよ。宇野社長は映画好きだから、映画関係者も多く招かれているんだ」

「まあ! 嬉しいですわ」

「邨瀬さん、それでしたら僕もお供させていただきます!」

「私も荷物持ちをさせていただきますよ!」


 弾んだ声を上げた胡蝶に、三ツ橋と取り巻きたちも追随する。邨瀬が、


「お前たちはどうだかなぁ」


 と、わざと難しい顔をして見せると、三ツ橋たちは手をこすり合わせながら、


「そんなこと言わないでくださいよ」

「邨瀬さんに見捨てられたら、私たちはどうしたらいいんですか」


 と、おべっかを続けた。


(相変わらず小物だこと)


 胡蝶は内心で三ツ橋を馬鹿にした。この様子だったら、「琴絵を襲ってほしい」と話を持ちかけたら、すぐに乗ってくれそうだ。


「三ツ橋さんにもあとでお話が……」


 胡蝶がそう言いかけた時、カフェーの扉が乱暴に開く音がした。


「支配人はいるか」


 大きな声が響き、店内にいた客と女給たちが一斉に入り口の方を向いた。数人の警察官が入って来て支配人を呼びつけ、何やら話をしている。


「何ごとかしら……」

「風紀の取り締まり?」

「いやだ、私たち捕まっちゃうの?」


 女給たちがひそひそと話している中、警察官たちが胡蝶のいるテーブルに歩み寄ってきた。


「邨瀬吉二。古河胡蝶。三ツ橋涼介だな」

「は、はい。左様ですが……」


 邨瀬が動揺しながら答える。


「詐欺、売春斡旋、恐喝、婦女暴行の疑いで連行する」

「ええっ!」


 驚きの声を上げた邨瀬の横で、三ツ橋が青くなっている。


「来たまえ。証拠は揃っている」


 警察官に腕を掴まれ、邨瀬は呆然としながら立ち上がった。


「む、邨瀬さんっ! 僕はどうなるんですか!」


 慌てている三ツ橋も、警察官に連れられていく。


「ど、どういうことですの?」

「さあ、君も」


 混乱していた胡蝶は、差しだされた警察官の手を振り払った。


「どうして私が警察署になんて行かないといけないの? 私は何もしていませんわ!」


 胡蝶は暴れたが、警察官に二人がかりで両脇から押さえ込まれた。

 引きずられるように連れて行かれる胡蝶を、取り巻きの女給や、いじめていた女給たち、男性客たちが、「あの娘、一体何をやったんだ」と言うような呆気に取られた顔で見送っている。

 羞恥心で胡蝶の頬が赤くなる。自分はカフェーロイアルの蝶なのに、この扱いは許せない。


 店の外には野次馬が集まっていた。その中に、見覚えのある青年が立っていて、胡蝶は目を見開いた。


「桐山憲斗……!」


 捕まる前に、なんとか琴絵を痛い目に遭わせたい。 

 胡蝶は警察官の腕を振り払うと、憲斗のそばに駆け寄った。


「ごきげんよう、桐山様。わたくし、是非あなたにお会いして、お伝えしたいことがあったのです」


 憲斗は胡蝶が顔を近づけても、眉一つ動かさず、静かに見返した。


「あなたの奥様は、華族の令嬢ではありませんわ。あの子は元女給、わたくしの同僚でしたから、知っておりますの」


 早口でそう言い、にこりと笑う。


「あの子の秘密を知りたければ、お金を用意して、わたくしの身柄を引き受けてくださいませんこと?」


 警察にしょっ引かれそうになっている自分を助けろと言っている胡蝶の意図に気づき、憲斗は彼女を睨みつけた。


「白澤監督の名を使い、映画制作資金と称してお金を集める詐欺行為を働き、女優志望の女性たちに売春をさせていた邨瀬を、お前は手助けしていた。しかも、三ツ橋に琴絵を襲わせた」


 憲斗に罪を挙げられて、胡蝶の顔が険しくなる。


「助ける余地など全くない。媚びは、地獄の獄卒に売れ」


 警察官が駆け寄ってきて、胡蝶の両腕を掴んだ。

 そのまま引きずられていく彼女を、憲斗は冷たいまなざしで見送った。


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