表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/30

憲斗の動揺

 一方、憲斗は書斎に籠もり、光香が残した手紙を見つめ思い悩んでいた。


(こんな手紙一通を残して家を出てしまうなんて、光香はそれほど俺のことを嫌っていたのか?)


 昨夜、寝台で甘えるようにすり寄ってきた妻の真意がわからない。


 光香はどこか不安そうだった。

 何か悩んでいたのだろうか。なぜ自分はそれを聞き出してやれなかったのだろう。

 不甲斐ない夫に愛想を尽かして、出て行ってしまったのだろうか。


 桐山家を出た彼女の行く先は、実家としか考えられないが、迎えに行っていいものなのかどうか迷う。


(少し時間をおいたほうがいいのだろうか……?)


 今日は社内で会議を行う予定だった。

 動揺のあまりすっぽかしたことに気付いたのは、会議が始まった後の時間だった。

 自分がいなくても、比文がなんとかしただろうと、そこはあまり心配してはいない。

 迷いながらうろうろと部屋の中を歩き回っていたら、扉が叩かれた。


「旦那様! 旦那様!」


 菊の慌てた声が聞こえ、光香が戻ってきたのかと、憲斗は急いで扉を開けた。


「光香が帰ってきたのか?」

「奥様ではなくて、佐代原光香様とおっしゃる方がいらしておりまして……ええと、その」


 菊も混乱しているのか、説明がよくわからない。

 話を聞くよりも行ったほうが早いと、憲斗は菊を置いて階下に向かった。

 階段を駆け下りる憲斗に気が付いた女中たちが、


「旦那様!」

「応接間に、光香様とおっしゃるお嬢様がいらしておられまして……」


 と、戸惑った表情で口々に報告してくる。


「光香!」


 応接間に飛び込み名前を呼ぶと、長椅子に座っていた令嬢が振り向いた。

 肩までの髪に派手な化粧。顔かたちは光香に似ているが、光香ではない。別人だ。


「初めまして、桐山憲斗様」


 佐代原光香は立ち上がると、ドレスの裾を摘まんで優雅にお辞儀をした。


「お前は誰だ?」


 憲斗が厳しい声音で問うと、光香は艶然と微笑んだ。


「佐代原光香です」

「光香は俺の妻の名だが?」

「ですから、わたくしが本当の佐代原家の娘」

「どういうことだ?」


 憲斗のまなざしが剣呑なものに変わる。


「わたくし、少々実家を空けておりましたの。その間、あの子が私の代わりを務めてくださっていたようなのですけれど、わたくしが家に帰りましたので、呼び戻したのですわ」

「……意味がわからないのだが?」

「簡単な話です。本来あなたに嫁ぐはずだったのはわたくし。正しい状態に戻っただけのことですわ」


 これ以上、光香から話を聞いていても埒が開かない。

 憲斗は身を翻し、応接間を出た。大声で執事を呼ばわる。


「車を出せ! 佐代原邸へ行く!」



 佐代原邸に到着すると、憲斗は険しい表情のまま、玄関に向かった。

 憲斗の来訪に気付いた女中が慌てて主人を呼びに行く。


(一体、どういうことだ?)


 通された座敷でいらいらしながら待っていると、道継と浩太郎がやって来た。


「桐山君、よく来たね」


 何ごとも起こっていないかのように挨拶をする道継を、憲斗はにらみつけた。


「聞きたいことは山ほどある。だが、先にこれだけ聞こう。俺の妻はどこにいる?」


 道継は食えない笑みを浮かべた。浩太郎が代わりに口を開く。


「実は、光香は海外に留学していたんだ。でも我が家としては、桐山家とのご縁を逃したくなくてね。顔かたちの似ていたあの娘に、光香が戻ってくるまでの間、光香の身代わりをして欲しいとお願いをしたんだ。光香が戻ってきたので、彼女の役割は終わったんだよ」


 憲斗は膝の上でこぶしを握った。鋭いまなざしで浩太郎をにらみつける。


「御託はいい。妻を出せ」

「あの娘は、お金を渡したら出て行ったよ。行き先は知らない」


 蔑むように笑った浩太郎を見て、憲斗は堪えきれず立ち上がり、胸ぐらを掴んだ。


「乱暴はよしてほしいな。これからも義兄弟の関係は続くのだから。桐山家は佐代原の名前がほしいんだろう? 業界でも、君の妻は佐代原光香だと知れ渡っているのだから、今更、縁は切れないよね」


 浩太郎は憲斗の手を押さえた。


「佐代原光香の身代わりになっていた娘は、どこの誰なんだ?」

「さあ? お金で雇った子だからね。素性はわからない」


 浩太郎が何も教える気がないことを察し、憲斗はしぶしぶ彼を放した。


(ここで何を言っても無駄か)

「失礼する」


 不機嫌な表情で背中を向けると、浩太郎も立ち上がり、


「玄関まで送るよ、憲斗君」


 と声をかけた。

 浩太郎に案内され玄関へ向かいながら、憲斗はこの邸の中に、自分の妻だった娘の気配がないか感じ取ろうとした。


(本当に、お金のためだけに俺のそばにいたのか?)


 あの娘は、ぎくしゃくしていたあやとの関係を取り持ってくれた。妻として仕事の補佐をしてくれた。体調も気遣ってくれた。

 あれが全部嘘だったとは思えない。


 ふと、廊下の端にキラリと光るものを見つけ、憲斗は屈み込んだ。

 手に取って、目を見張る。憲斗が妻に贈った首飾りだった。鎖が切れている。


「どうかしたのかい?」


 浩太郎が振り返り、首を傾げた。

 憲斗は素早く首飾りを上着のポケットに入れると、無表情で「いや」と答えた。


(やはり、この邸の中にいるんだな)


 今すぐ捜しに行きたいが、そばに浩太郎がいる。勝手に人の邸宅内を歩き回るわけにもいかない。

 玄関まで来ると、浩太郎はいけしゃあしゃあと言った。


「そちらに妹が伺っているだろう? よろしく頼むよ」

「…………」


 憲斗は何も答えず、見送る浩太郎に背を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ