伊予の物語「黎明の贋作(れいめいのがんさく)_簡潔版」その4~伊予、自分の過去の記憶が曖昧になる~
兄さまは楽しそうにクスッ!と笑い、私に向き直り
「じゃ、東の対に行こうか?
せっかく二人きりで過ごせるんだから。」
立ち上がって手を引っ張るので、私も立ち上がろうとすると、忠平様のイラ立った鋭い声がして
「まてっ!何度も言うが、私の屋敷で勝手は許さんっ!!
兄上、女子とむつみ合うのはどこか他所でやってくれっ!!
ただし、知ってるか?
その女子は兄上の愛する浄見とは別人、真っ赤な偽物だがなっっ!!」
は?
えっ?
はぁーーーっっっっ!!!!????
何っ??
何を言ってるのーーーーーーっっっ!!!???
私が浄見とは別人??
ってどーーゆーーことっっ??
じゃ、私は誰なのっっ??!!
って、一瞬焦りそうになったけど、よく考えれば、私は浄見。
赤子の頃から宇多帝の別邸で兄さまに愛情をたっぷり注がれて育った。
その記憶はちゃ~~~~んと、今でも、しっかり、くっきり、ある!!
その私が浄見でないなら、誰のことを言ってるの???
目を白黒させながら、
「一体何を言ってるの?どういうこと?」
忠平様は口の端を歪めて笑い、目をギラつかせて私を見つめ
「上手く浄見になりすましたな。」
兄さまの方へ顔を向け、
「兄上、よく考えてみてくれ。
兄上が幼い浄見と別れたのは約九年前の浄見が八歳のころで、再会したのはそれから約七年後の十五歳。
その間、兄上が浄見に会ったのはせいぜい数回だろ?
十五歳の浄見が宇多帝の別邸から逃げ出し、川でおぼれたのを助けたと竹丸から聞いたが、そのとき別人と入れ替わっていたとしても兄上は気づかないんじゃないか?
乳母がグルになり、どこぞの女子と示し合わせて、浄見の衣を着せ、本物の浄見が失踪した隙に、偽物の浄見を川で溺れさせ、兄上を呼びよせた。
ゆくゆくは兄上の愛妾にでもなれば、乳母はその『偽の浄見』から手当てを受け取ることができる。」
私は激怒し、唾をとばして
「はぁっっ??!!
何言ってんのよっ!!
そんなワケないでしょっ!!
幼いころの記憶がちゃんと残ってるんだからっ!!
つじつまの合わない話をすれば、兄さまだってすぐ偽物って気づくでしょっ!!
バカなのっっっ!ありえないっ!!」
言い捨てると、忠平様は悪びれもせず
「乳母とグルなんだから、浄見の日記や竹丸の日記でも読めば過去の記憶なんてどうにでもなる。
ちょっとやそっと辻褄が合わあわなくても、忘れたとか、そうだったねとか同意すれば、好きな女子のことを簡単に疑おうとはしないだろう。
七年も離れてたんだしな。
成長してどう変化するかなんて予想できないし。
なぁ、兄上、その女子に疑わしい点はないのか?
昔の浄見はこんなに勝気でうるさくてワガママのじゃじゃ馬じゃなかった、とか、気が多い尻軽女じゃなかった、とか。
気にくわないところは山ほどあるだろ?」
はっ???!!!
そうなのっっ??!!
客観的にはそういうふうに見えてたの??
ウザがられてたの??!!
これからは反省するから・・・・・って、兄さまっ!まさか信じないでしょうねっこんな与太話っっ!!??
私と手をつないでる兄さまの横顔をジッと見つめると、深刻な顔で
「上皇がお前に吹き込んだのか?
例えば、本物の浄見が見つかった、とか?」
忠平様はハハハッ!と声を出して楽しそうに笑い
「そうそうっ!!
上皇は
『このことは絶対、時平に言うなよ。
実は、先日、突然、浄見が帰ってきたのだ。
行く当てが無くなり途方に暮れたらしい。
早速、側室として屋敷に入れ、存分に可愛がっておるがな。
時平が知れば奪おうとするかもしれん。
今思い出してもあいつの浄見への執着は並々ならんものがあったからな。』
と仰っていた。
疑うなら何か理由をつけて会いに行けばいい。
盗み見ることはできるだろ?
口止めはされたが、バレたならもうどうしようもない。
七年間、ほぼ見ていない兄上より、少なくとも毎週、目の前で浄見を見ていた上皇のほうが、本物の浄見を知ってるんじゃないのか?
それなら、今そこにいるその女子は真っ赤な偽物、どこぞの馬の骨、で決定だな。」
言い捨てて、私を見てせせら笑った。
何か言い返そうと、口を開こうとしたけど、忠平様の冷たい言葉に、悪意の刃物で胸を貫かれたように悲しくなった。
私の過去が全部嘘だと、今の私には何の価値もないと、否定されたように感じた。
急に、自分の記憶に自信がなくなり、自分を疑い始めた。
幼いころの兄さまとの楽しかった思い出も、愛情を注がれた記憶も、全て幻なの?
私の夢?独りよがりの勘違い?ただの空想の思い込み?
今まで愛してくれた人々と、急に世界が切り離されたように感じて、奈落の底に落とされたような気がした。
もしそうなら、明日からはもう二度と、堂々と胸を張って周囲の人たちと対等に話せない気がした。
悔しさがこみ上げ、涙がボロボロこぼれた。
俯いて、床に涙がポタポタこぼれるのを、袖で拭ってた。
兄さまが身じろぎし、つないでいた私の手を優しくほどくと、
「わかった。上皇に会いに行く。本当に浄見が帰ってきたなら絶対に会いたい。会わなければならない。」
言い終えて、私の方を振り返りもせず、スタスタと立ち去った。
(その5へつづく)