転滅隊、始動
朝焼けの街がほんのりと光に染まるころ、夢野姫は訓練場の中央に立っていた。木刀を握る手が汗で滑り、緊張が喉に絡みつく。
「……ふう。今日もやるわよ、私」
訓練場の壁に設置されたターゲットが次々と現れ、姫は反射的に飛びかかった。決して上手とは言えない。しかし、彼女の一撃一撃には“意思”がこもっていた。
「フォームが甘いな、夢野姫」
「ジークさん……」
現れたのは、転滅隊・第5番隊隊長、“宇宙最強の近未来魔術師”ジーク=アーリマン。銀色の髪に深紅の外套を羽織り、冷たい瞳が姫を射抜く。
「感情を剣に乗せるな。お前は“零”の側に居たから特例で入隊したに過ぎん。力も、才能も、まだ何もない」
「……分かってます。でも、私は戦いたい。あの人の隣に立つために——」
その時、上空からアラートが鳴り響いた。
《緊急通達。Aランク転生者、東京・第三区に出現。全隊員は直ちに迎撃体勢へ——》
「……また来たか」
ジークは一歩前に出ると、空間を裂いて瞬間転移の扉を開いた。
「お前は来るな。見学だけにしろ。下手をすれば死ぬぞ」
「……分かってます。でも、私はもう逃げない」
姫は息を整えると、制服の袖を結び直した。
「“転滅隊”として、最前線に立つ覚悟はもうできてる!」
ジークが一瞬だけ表情を和らげたようにも見えたが、それを否定するように肩をすくめた。
「……勝手にしろ」
⸻
東京第三区。
かつて人で賑わっていたはずのこの街は、今や焼け焦げた瓦礫と黒煙が漂う戦場と化していた。
その中央に、1人の男が立っていた。異様に長い腕、灰色の肌、そして額に浮かぶ刻印。
「“神に近い者”……そう呼ばれたか。気分がいいねぇ……」
彼の手から放たれた光が、ビルを一撃で粉砕する。
「うわああああああああ!!」
「誰か!助けてくれ!」
逃げ惑う人々——だが、それを遮るように戦闘服を着た数人の部隊が前線に現れた。
「こちら第7小隊!ターゲットを確認、ただちに攻撃に移る!」
魔導銃、超電導ナイフ、空中機動。最新技術を用いた攻撃が次々と放たれるも、敵は涼しい顔でそれを受け流す。
「無駄だっての。俺の能力は、“触れた物を分解する”。物理でも魔力でも、等しく崩せるさ」
部隊が次々と倒されていく。その中に、ただ1人、姫が駆け込んだ。
「やめなさいよ、あんたっ!」
「……誰だ?」
「私は夢野姫。転滅隊候補生。あんたみたいなやつ、許さない!」
相手は不敵に笑うと、ゆっくりと姫に歩み寄る。
「面白い。女一人で俺に立ち向かうなんて。じゃあ、お前から“分解”してやるか」
その時——
「……やれやれ。1日くらい、静かに過ごさせてほしいんだけどな」
空間が揺らぎ、少年が現れた。
黒のローブを纏い、赤と青のオッドアイが夜空のように光を宿していた。
「……零……!」
「また勝手に前に出るんだね、姫。ほんと、目が離せないよ」
「べ、別にアンタのためじゃないし!」
敵の男が眉をひそめる。
「なんだ、貴様……」
「僕?ただの“絶対零度”さ。動くなよ、一瞬で凍らせるから」
次の瞬間、世界の温度が一気に落ちた———
そして、すべてが“止まった”。
⸻
姫は震える手を見つめながら、ひとりごちた。
「……あの人、いったい何者なの……」
だが、答える者はいなかった。ただ、風だけが静かに吹いていた。