揺れる世界、揺れる心
瓦礫の隙間からかろうじて見える青空が、やけに遠く感じた。
中央都市に突如現れた“預言の子”によって引き起こされた災厄は、たった数分で都市の機能を破壊し尽くし、多くの人命を奪った。
国家転滅隊の部隊は各地で対応に追われていたが、彼の“預言”に抗うことは誰にもできなかった。
唯一、少年——零を除いては。
だが、今日の物語はその零ではなく、ただの人間である一人の少女の物語だ。
「……また、あの夢……」
夢野 姫はベッドの上で目を覚ました。額には汗、心臓は早鐘のように鳴っている。
夢の中で彼女は、あの“凍てついた世界”に立っていた。すべてが停止した中、ただ一人だけ動けた自分。そして、彼女の前に現れるあの少年の背中。
「零……」
自分でも理由はわからない。ただ彼の背中を見るたびに、胸が締めつけられるような想いがこみ上げてくる。
でもそれが恋なのか、違うのか、それすらも分からない。
なぜなら、彼は——“感情のない神”なのだから。
⸻
任務は午後からだった。
姫は街を歩きながら、ふと立ち止まった。崩れたビルの影に、幼い男の子が一人で蹲っている。
「大丈夫?君、ケガしてない?」
彼女はゆっくり近づいて、子どもの前にしゃがみこんだ。
そのときだった。
——カッ
瞬間、子どもの影が揺れ、彼の背後に人間とは思えぬ“異形”の存在が浮かび上がる。
プロフェシアの残滓——それは、人間の感情や記憶に触れることで、再び形を成す。
「くっ…!」
姫の“チート”は未覚醒のまま、力などない。なのに、体が勝手に動く。
「逃げて!早く!」
子どもをかばって立ちふさがる姫。
そのとき、世界が一変する。
白い閃光、空間の歪み。
「……間に合ったね」
現れたのは、あの少年だった。漆黒のコートを揺らし、赤と青のオッドアイが姫を見つめる。
「零……!」
「また君は無茶するんだから」
零が左手を軽く振ると、異形の存在は一瞬で霧散した。
そして姫に向き直ると、彼はふと、空を見上げながら言った。
「姫、もしも…君が僕の力を使えたらどうする?」
「えっ……?」
「この世界は、きっともう君のような人間が動かさないと、壊れたままだと思うから」
「……」
その言葉の意味が分からず、姫は黙って彼の顔を見上げた。
だが心の奥——彼女の“核”のようなものが、確かに反応していた。
(なにこれ……胸が、熱い……)
この日を境に、夢野 姫は変わり始める。
まだ何者でもなかった彼女が、“何か”になる物語の、始まりの日だった。