適応可能
惑星探査隊のリーダーと数人のメンバーは、宇宙船からヴァリス星に降り立った。青い空、穏やかな気候、適度な重力。観測通り、環境は地球に酷似していた。
「空気成分も問題ありません」メンバーのひとりが携帯機器を確認する。「水も飲用に適しています。細菌も人体に害はないようです」
一行はこの星に住む知的生命体――ヴァリス人――との接触を開始した。外見は人類とほとんど変わらない。ただ、感情表現は控えめで、秩序を重んじる性質があるようだ。
「歓迎します」ヴァリス人の代表者が言った。「よろしければ、私たちの都市をご覧ください」
探査隊は、整然とした都市を見学した。清潔な街並み、効率的な交通網、無駄のない生活様式。文明レベルは、地球のそれと似ており、同等以上と言える。
隊員のひとりがつぶやく。「こんなに整った星が、どうして未登録のまま残っていたんだ……?」
リーダーは答えなかった。ただ慎重に、街の隅々を観察し続けていた。時折、ヴァリス人と視線が交差する。そのたびに感じる、説明できない違和感。
「言語構造も近いです。数日あれば、翻訳機なしでも会話できそうです」別のメンバーが補足する。「ただ、彼らの言葉には少し古風というか、妙に形式ばった表現が多いんです。あまり対等な会話を想定していないような……」
「気にするな。重要なのは、安全に住めるかどうかだ」リーダーは割り切るように言った。
一行はさらに数日をかけ、ヴァリス星の各地を回った。温暖な丘陵地帯、海辺の港町、森林に囲まれた集落。どこも人々は穏やかで、整った生活をしていた。
ただ、不思議なことに、子どもや高齢者の姿がほとんど見られなかった。「人口構成に偏りがあるようです」とメンバーの一人がつぶやいた。
「統計データには不自然な空白が多い。どうやら私たちに見せていない領域があるようです」
「だが、それを問いただす理由はない」とリーダーは言う。
「人類に残された時間は少ない。我々の役目は移住の可否を判断することだ」
調査の最終日、リーダーは記録端末を起動し、報告書を書き上げた。
『ヴァリス星は、人類の移住に適応可能である。環境、社会構造、文化レベルすべてにおいて、受け入れ可能な範囲にある。反発的な兆候は見られず、現地住民は協力的である。』
「これで地球人類は救われますね」あるメンバーがほっと息をついた。
「そうだな。滅びゆく地球に代わる新天地だ」リーダーは微笑みながら送信ボタンを押した。
ほどなくして、地球からの大規模な移住団が、次々とヴァリス星に到着した。ヴァリス人たちは彼らを丁寧に迎え入れ、住居を割り当て、生活の指導を行った。
最初は、まるで夢のようだった。子どもたちは安全な広場で遊び、大人たちは簡素だが整った住居に満足した。ヴァリス人はどこまでも親切だった。言葉を教え、文化を説明し、労働の手配まで行ってくれた。
移住団の中には、ヴァリス人の対応を不思議に思う者もいた。
「彼らはあまり感情を見せないけれど、何かを観察しているように感じる」
「本当に好意でやってくれているのか、わからない」
だが、不満の声は広がらなかった。地球の荒廃を思えば、ここは理想郷だった。
だが、日々が経つにつれ、地球人たちは奇妙な共通体験を口にするようになる。「外出の申請が必要になった」「作業時間が延びている」「通貨が使えなくなった」
やがて、“登録制度”が導入され、個人ごとの「識別番号」が割り振られた。居住区の移動には許可証が必要となり、教育や医療もヴァリス人の管理下に置かれた。
それでも、多くの者はそれを当然の変化として受け入れた。
「この星のやり方があるのだから、従うしかない」「統制があった方が安全だ」
だがあるとき、元エンジニアだった男がふとした拍子に、中央管理システムの一部にアクセスしてしまった。
そこには「労働割当表」や「再訓練対象者リスト」、そして「帰属ステータス管理」なるデータが記録されていた。
彼は震えながらその事実を知った。「われわれは……所有物として分類されている」
その情報は密かに一部の地球人の間で共有されたが、やがて告発者たちは姿を消した。
「地球に戻った」「別の居住区に移された」と噂されたが、真相を知る者はいなかった。
ある夜。ヴァリス人のひとりが、同胞に向かって静かに笑った。
「反乱を起こして逃げた奴隷たちの子孫が、のこのこと戻ってくるなんてな」
彼の背後では、登録名簿に記された数千の名前が、静かに更新されていった。