キャロラインの遺物(1)
「行っくぞ、行っくぞ、行っくっぞ〜、おっ宝、おっ宝〜」
ここは5,500万年前の南極大陸だ。
南極大陸といっても、まだオーストラリア大陸とくっついている。
「うえっ!?ここが南極?」
着いた時は衝撃だった。
南極とは思えないほど、青々と茂った緑があるからだ。
思ったより寒くない。といっても、ユニフォームを着てるわけだけど。
「す、すげ〜・・」
「ここがいわゆる、新生代の古第三紀始新世だ」
「ふむ。昔は、ただの新生代だったがな。細かく分かれるようになったものよ」
遠くから「ギャース ギャース」という声がした。
はっ!
まさかこの時代って、恐竜いるんじゃ!?
「きょ、恐竜は?」
ビクビクしながら親父に訊くと、笑い飛ばされた。
「ハッハッハ!大丈夫、大丈夫。もう絶滅してるよ」
「よかった〜〜」
これで安心してお宝探しができる。
この大陸のどこかに、金星人が躍起になって探すお宝が眠っている。
南極だったら、見つけるのなんか楽勝パンチだと思ってたけど、想像してたより緑が多い。ただ幸いなことに、木も草も生えているものの、繁茂しているというほどじゃない。ある程度開けた草地もあって、俺たちはその草地に立っている。草丈は、くるぶしくらいまでしかないから、歩くのも苦にならない。とはいえ、もちろん歩きやすい所を選んでいるわけで、奥の方には、もっと丈の高い草も生えている。
それにしても、5,500万年前って、こんなに穏やかだったんだな。鳥の鳴き声と、何か生き物の声。風が木や草を揺らす音。とても恐竜がいたようには思えない。
「恐竜の絶滅の原因って隕石なんだろ?恐竜を絶滅させたくらいだから、地球もえらいことになってるんじゃないかと思ったけど、そんなの全然わかんないよな」
「絶滅の原因かぁ。今は隕石衝突説が最有力なんだな。父さんが子どもの頃は、火山噴火が最有力だったんだよ。だいたい、恐竜の姿だって全然違う。図鑑に出てくる肉食恐竜なんて、ニ足歩行の『ザ・怪獣』って感じの見た目だったんだぞ」
「うそ!?」
「本当だよ。どれも尻尾を引きずって、ズシンズシン歩くから、もちろんスピードなんて出やしない」
「へぇ〜。歴史って、時代で変わるもんだな」
「変わったんじゃなくて、わかったから修正したんだ。時を経てわかることもあるからな」
「じゃあ恐竜が絶滅した原因も、そのうちまた別の説になんのかなぁ」
「金星人説になるとかか?」
「!?」
突然、伯父さんがそんなことを言い出したから、心臓どころか、内臓がそっくり口から飛び出るほど驚いた。
「えっ!?そうなの!?」
「藍善さん!」
「よいではないか。間もなくやらねばならん」
「なになに?なんだよ。金星人が絶滅させたのか?」
「まだだ」
「何だよ〜。脅かすなよな〜。金星人は恐竜と闘ったりしなきゃいけないのかと思って、ビビったじゃん。さっさと宝探し行こうぜ!ナディアの地上絵ってどこだよ」
「・・・シェルマな」
そう言うと、先の方にあるこの辺で一番背の高い大木を指差した。
「あそこに着いたら、リドレイに場所を訊こう。三方に分かれるにしても、目印になるからな」
「オッケ〜」
俺は後に、このとき親父が言った「まだだ」の意味について、聞き返しもしなかったことを大きく後悔することになる。
「ふんふんふ〜ん。おっ宝〜」
目的地に向かいながら、鼻歌混じりで周りを観察した。
植物は・・現代とあまり変わらない気がするな。
どれも同じに見えるけど、俺が区別つけられないだけなんだろう。だって5,000万年の期間があるんだから、絶対進化してるはずだ。
草は世代交代のサイクルが早いから、環境にもすぐ適応できて、結果的にいつも同じような草が生えてるように見えるとか。
木はどんな生き物より長生きするから、世代交代に時間がかかって、大きく変化することは少ないとか。
・・あれ?でもこれって、逆のこと言ってことになるんじゃね?うむむ。
まあでも、植物の種類なんてわかんないんだけどさ。
「ファウ〜〜」
そんなに遠くないところから、何かの鳴き声がしてビクッとした。
親父が、不安がる俺の肩を叩いて大丈夫だと言ったので、そっと首を伸ばして声の聞こえた方を見ると、遠くに水場がみえた。そしてそこには、見たことのない茶色い毛の生き物がいた。
そう。当然見たことあるはずがない。
だってここは、5,000万年以上も前なんだから。
だけど、不思議なことに、遠いどこかで見たことがあるような気もする。なんだろう、この感覚。
3mくらいはあるだろうか。首が異様に太くてそこそこ長く、筋肉質の体つきは、足を短くしたハイエナみたいだ。頭部はカバのような形をしていて、体の割に小さい目と耳が、顔の横についている。口からは牙がはみ出ていて、もしや肉食!?かと思いきや、水に頭を突っ込んで、水草を咥えると、モッシャモッシャと食べだした。どうやら草食らしい。
あれは何の祖先なんだろう?と思いながら見ていると、上の方でガサガサという音がする。
何だろうと思って上を向くと、生ぬるいモノが顔を掠めて地面に落ちた。
「へ?」
下を見ると、茶色いものがビタリと広がっている。
何だこれ?
再び上を見ると、黄土色で真ん中に焦茶色の線が入った、尻尾の長い太ったイタチ?のような生き物がいて、こっちを見つめていた。
あれ?あの顔、なんだかハクビシンに似てるなぁ。
そう思いながら顔を触ると、ヌルリとしたものが手について一気に異臭が広がった。
「わあ!?何だよこれ!?」
右手には、地面と同じものがベッタリ付いている。
「ブフゥッ!」「ワハハハハ」
親父と伯父さんが吹き出した。
「ゲェッ!?う、うんこ!?」
親父と伯父さん2人揃って爆笑してるけど、こんなん、笑い事じゃねぇし!
泣きそうになりながら、祈る思いで手を鼻に近づけた。
フルーツでありますように。
「ワッ!すげっ、臭っ、臭っ!!」
それは紛れもなくアイツ、あの黄土色のアイツの排泄物だった。昔も今も、臭いのは一緒ってことだ。
「オェェ、オェェェェ」
残念ながら、フルーツであれというわずかな希望も打ち砕かれた俺は、親父達に笑われながら、激しくえずくことになってしまった。




