太古代(11)
宝珠は・・いや、伯父さんは、クルクルと回りながら説明を始めた。
「火星は酸化鉄が多くてな。様々な鉱物に入り込んでおる。それから、コロクノカルムいう金属があってな。これは火星の奴らにしか生成できんのだ」
「え!じゃあ、さっきの八面体にも使われてたんですか?」
「そういうことだ」
断言してるってことは、リドレイさんが調べた時に見つけたんだろう。軽薄だけど、やっぱりあの人はすごいんだと、改めて感心した。
だけど、火星人のせいにするには、どうしても腑に落ちないことがある。
「でも、でもですよ、地球の時間操作をできるのは、金星人だけなんですよね?」
そう。
確か親父が、番人だか管理人だかがいるって言ってた。
厳重にかんりしない
「いかにも。時を司る2人の長老だけだ」
「んじゃ、火星人はどうやって地球の過去に行くんですか?」
「ふむ。そこがよくわからんのだ」
「なら、犯人は金星人なんじゃねぇの?」
あ、語尾間違えた!
「そいつはあり得ない」
咄嗟に怒られると思って首をすくめたけど、怒られなかった。ホッと胸を撫で下ろした。
伯父さんとしては、言葉使いを改めさせるより、話す方が重要と判断したんだろう。あ〜、よかった。
伯父さんは、俺がそんなことを考えているとは露ほども思わないようで、淡々と説明を続けている。
「時を管理している長老には、我らですらほとんどお会いすることができん。そもそも」
「そもそも?」
「ほぼ眠りについておられるからな」
「え!死んでんの?」
「馬鹿者!!失礼を申すな!悪戯に時間を操作することがないように、深い眠りにつくことで、外部からの接触を遮断しておるのだ」
「ふ〜ん」
「何だお前、先ほどからその口の利き方は。俺はお前の友人ではないのだぞ!」
やべぇ。やっぱ気づいてたか。
「でも他人じゃないですよね?」
「まあそうだが、人生の先輩として、年上を敬う気持ちというのも大切なものだ」
あ〜、面倒くさっ!
「年下を尊重する気持ちというのも大切なものですよ」
「確かに一理あるが、お前には敬う気持ちが足りん」
「はいはい」
「2度言うな」
「はーい」
親父が何やらクツクツ笑っている。
「与!何を笑っておる!」
「す、すいません、昔、俺が怒られた時とまったく一緒だったもんで。クックック』
「親父」
「な、何だ?」
「『すいません』じゃなくて『すみません』だよ」
そうこうしているうちに、ジョーカーのビカクさんから、確認終了と同時に待機解除の連絡を受けて、太古代を後にすることになった。
もう帰ろうかという時、伯父さんから、今の景色をよく見て、目に焼き付けておくようにと言われた。
「今は何もないだろう?これから生き物の歴史が始まるんだ。感慨深いと思わんか」
「こんなところから始まるんですね。目に見える生き物なんていねぇし」
「いねぇし?」
「あ。いませんし」
「うむ」
チッ!面倒くせぇな。
「初めての任務を終えたわけだが、どうだったかの」
「はい。終わった後は疲れたけど、充実っつうか、やり切った感がありました。んで、終わってここに来たら、前に見た時と全然違ってて感動しました」
「うんうん。それから?」
「はい。もう二度とやりたくありません」
「ぬ?」「え?」
「十分経験できたので、もうたくさんです」
「・・・・・」
「もし人類が誕生しなければ、俺も誕生しないわけで、それならそれで仕方ないし」
「・・・・・」
「存在しなければ、俺が消えるとか、誰かが消えるなんて思うこともないので、問題ないし」
「・・・まれ」
「へ?」
「黙れ!こんっの大馬鹿者がぁ!!」
あ、宝珠が火の玉になった。
ビームとかファイア攻撃されると困る。
慌てて親父の影に隠れた。
「なに笑ってんだよ」
小憎らしいことに、親父のヤツは「いや別に」などと言いながら、笑っている。
「なぁ、もう帰んだろ?」
「いや、本部へ寄ってから帰ろう」
「え〜〜もう帰りてぇよぉ」
思わずしゃがみ込んだ。
伯父さん面倒くせぇし、怖えし。
「与」
「はい?」
「今日のところは帰るとしよう」
「え、でも・・・」
「何を焦っておるのだ。お前らしくない」
「・・・そう・・ですね。そうだな。ここまで頑張ってくれたんだ、今日はもう帰ろう」
そう言って、親父は俺の肩をポンと叩いた。
「よかった〜〜。もうクタクタなんだよ」
「ん?疲労はないだろう?」
「あるよ!疲れるんだよ、頭と心が」
「そうか。うん、そうかもしれないな」
さて戻ろうかと手を握る直前だった。
「待て待て、戻るならサークレアを張れ」
「え?このまま飛ぼうと・・・」
「張れ」
「・・・はい」
あれ?親父が急に緊張した?
パアァァ パキィー・・ン
「わっ!?」
耳に刺さるような、何かが割れる甲高い音がした。
「・・・爆ぜたな」
「はい」
「お前、気づかなかったのか?」
「面目ありません」
「ハァ〜、情けない。当が共にいることで、注意力が散漫になっているのか?まったく。精進せい」
「どしたの?何かあったん?」
「お前に不穏なモノが貼り付いていたのだ。分かれた時には無かったが、再び会った時には既に付いていた。悪さをするわけではないから放っておいたが、戻るなら払っておかねばならん」
「えぇぇぇぇー!?あ、お、俺が!?な、な、な、なんかにと、と、と、取り憑かれたの!?」
な、何に取り憑かれたんだ!?ヤバ、ヤバいモノに取り憑かれたのか。
「お、お、お、おや、親父、お、俺、お、お」
必死になって親父に縋りついた。
「落ち着け。取り憑いたんじゃない、貼り付いたんだよ。大丈夫だって。虫みたいなもんだよ」
「むむむ、むし?むし?そ、そんなの、い、いないじゃん!!」
ヤバいヤバいヤバい。この時代に虫なんかいないじゃないか!いるのはバクテリアだろ!?
全身にぐっしょりと汗をかいた俺の横で、伯父さんが
「ワハハハハ!」
と笑い出した。
「いやはや、気が小さいにも程があるわ。ノミの心臓よの。心配するには及ばん。火星の奴らが偵察に寄越した、取るに足らぬ代物よ」
「ほ、本当かよ?」
親父が本当だと言って笑ったのを見て、安堵のあまり膝に手をついて屈んだ。
「よ、よかった・・。なんで?なんで俺なんだよぉ?」
「お前なら楽勝だと判断したんだろう。それにしても、何で火星の奴らは、こんなに俺たちに執着してくるんですかね?」
「ふむ。皆目見当もつかん」
「藍善さんは、会ったことがあるんですよね?」
「おうさ。だが俺が会ったのは3人組だけで、他の奴らは知らん。そういえば、そいつらの中に、いけすかない奴がいたなぁ。そいつは、優秀だが物凄くしつこくて、プライドが異様に高い奴だった。だから、鼻っ柱をへし折ってやったわ。カカカカ!」
「えぇ!?」「何ですってぇ!?」
俺と親父は、思わず顔を見合わせた。
「絶対それじゃん!!」




