太古代(6)
親父は右へ。
伯父さんは左へ。
2人とも勢いよく行ってしまった。
残された俺は、こめかみクリックで自分専用の武器であるストローを出した。
今さらながら、非常に心許ない。
スゥ〜〜 フゥ〜〜 スゥ〜〜 フゥ〜〜
深呼吸。深呼吸。
大丈夫だ。危険は何もない。
たくさん練習した。ユニフォームがあれば溺れない。
そもそも、俺の中にはジジイの心臓と脳が入っている。心臓?脳?どっちかわかんねぇけど、これがあれば簡単には死なないはずだ。
「フゥ〜〜・・・よし!」
両手で握り拳を作ると、意を決して水の方へ向かった。
「こ、怖えぇ〜・・・」
怖々、足を水たまりに踏み出そうとしたところで
「あ!フード!!」
慌てて頭を触って確認した。
「良かった!ちゃんと被ってる」
・・・でもよく考えたら、ここで呼吸ができてるってことは、ちゃんとフード被ってるんだよな。
「ダメだ!しっかりしろ!ここだったら大丈夫だ!」
一度深く息を吸って呼吸を整えると、チャプチャプと波打ち際のほうに向かっていった。
「砂浜みたいになってないんだな・・」
近づくと、波打ち際だと勝手に思い込んでいただけで、足元はそのまま海底に直結しているようだった。
そういえば、海中噴火でできた島みたいなものだって言ってたな。
親父が話していたのを思い出した。
しゃがみ込んで覗いてみると、どこまでも緑色に透き通っている。
「ほえぇ〜」
まるで、ラムネの中に入ってるビー玉を覗いてるみたいだ。キラキラして、美しく透き通って、手が届きそうで届かない、特別なあの玉。
吸い込まれるように見入っていると、突然
バギッ
おそらく縁が欠けたであろう不穏な音がして、そのまま水に落ちてしまった。
「うわわ、うわわわわ」
焦って手足をバタつかせる。
ダメだ、落ち着け、落ち着けー!!
ギュウッと目を瞑ると、呼吸を整えた。
そっと目を開けてみる。
「うわぁ〜!すげぇ綺麗じゃん!!」
想像していたよりずっと、透明度が高い。
緑色に見えていたのは、海水成分のせいなんだろうか。
上を見ると、水面が太陽に当たって幻想的に煌めいている。
水中から見上げる煌めきは、大きく、かつ、揺らめいていて、外から見るそれとは全く異なるものだった。
魚はいつも、こんな風景を見てるのかなぁ。
フイッと下を見ると、深くて底が見えない。
小学校の図書の時間に読んだ、ローマ神話だっけ?ギリシャ神話だっけ?に出てくる冥界への入り口みたいだ。
確か、頭がいくつもついた恐ろしい番犬がいるんだっけ。
ブルッ
背中を何かに撫でられた気がした。
「ちょ、ちょっとストップ。休憩、休憩」
可笑しな犬かきをしながら水面に出ると、ペッタリ岸にへばり付いた。
周りを見回して、足を掛けられそうな所を見つけると、ヨイショ、と登り始める。
なんか海のロッククライミングみてぇ。ククク。
こんな状態なのにも関わらず、笑いが込み上げてきた。
「ぶふっ クククク アハハハハ!」
ダメだ。笑いが止まんねぇ。メンタルいっちゃったのかも。
笑いながら陸に上がると、ゴロリと大の字に寝転んだ。
「はぁ〜あ。なんでこんなトコにいんだろ」
ちょっと前までは、いつも通り起きて、いつも通り学校行って、いつも通り寄り道して、いつも通り食って寝て。
いつも通りなんて、あっけなく無くなるもんだな。
佐竹達どうしてるかなぁ。アイツらに会いたいなぁ。
・・・・・
そうだ。
アイツら時間が止まってるんだっけ。
そんなことをぼんやり考えていると、今さらながら意識の中に、目の上に広がる茶色い空が入ってきた。
「やっぱ空は青だよな」
突然、無性にいつもの青い空が見たくなった。
俺のいつも通りは無くなっても、青い空はいつも変わらない。もちろん、いつかは変わるんだろうけど、少なくとも、俺が生きている間は変わらないはずだ。
「頑張ろ」
むくりと起き上がると、今度はブロックを破壊するつもりでスコープを見た。
「ゲームだと思えばいいじゃん。題して『ブロック破壊ゲーム太古代バージョン』」
気持ちが変わると、何だか見え方も変わった気がする。
こうしてみると、俺が入ったあたりにブロックは無かった。
「なんだよ。ちゃんとスコープを調節してなかったな」確認してなきゃ、ただの無駄足じゃん。
今いる場所と、スコープの地図を見比べると、置いてあるのは、そんなに深いところじゃないことがわかった。
「ガチでエグいわコレ。深さもわかんじゃん」
そう。リドレイさんが「広範囲から調節する事で100m四方にまで絞ることができる」って言ってたけど、そこまで絞ると、水深によって、微妙に海の色が異なるようになっていた。
「よし!まずは、こっから80メートル斜め右に進んだところだな!」
スーッと滑ると、80mなんてあっという間だった。
水深50cmくらいの大きな水たまりがある。
じゃぶじゃぶ入っていくと、水が透き通ってるから、ブロックはあっさり見つかった。
周りを見回したけど、どこにも八面体は見当たらない。
リドレイさんは、隠れてるって言ってたけど、この水たまりの中にも隠れているんだろうか。
ちょっと怖かったけど、とりあえず、ストローで叩いてみることにした。
パカン・・サアッ
「おおぉっ!!」
ブロックは跡形もなく消え去った。
なんだか、めちゃくちゃ気持ちいい〜〜。
「すっげぇ!!気持ちいいじゃんコレ!!」
これならバコバコ叩いて大量得点だぜ!!
「うぇ〜〜い」
俄然楽しくなって、俺はすっかりゲームにハマってしまった。
「大丈夫だ。その調子、その調子」
「まったく呆れるわ。スコープを使って様子をみるなぞ、与は過保護だの」
「だって、あんなへっぴり腰なんですよ?心配に決まってるじゃないですか。八面体が出てきたら、慌てるのは間違いないし」
「なぁに、あの八面体は襲ってくることはない。ここが安全なのは、お前もわかっとるだろうが」
「そういう藍善さんだって、俺が初任務の時は心配して、置き型スコープを隠して設置してたの知ってるんですからね」
「なに!?」
「クックック。心配症なのは血筋ですよ」
親父と伯父さんがそんなやり取りをしていたなんて、ゲームに夢中の俺は知る由もなかった。




