太古代(4)
「中はダメです。どうやったのか、奴ら全部いなくなってます」
「ふむ。縮小したのか、隠れたのか。前者だと厄介だな」
「そのかわり」
親父は「よっ、と」と言いながら、引きずってきた物をドサリと俺達の前に置いた。
「こんなの見つけましたよ」
「何だ、こりゃあ?」
縦40cm、横80cm、高さ20cmくらいで、色・形ともにコンクリートブロックのようなものだ。
「海の中に置いてありました。アニマンチアスコープを使いましたけど、正体不明です」
「すぐにジャックに連絡しろ」
「了解」
当然ながら戦力外の俺を無視して、2人で話を進めている。
データ化するってナノがやってるみたいなことか?
親父がどうするのか見ていると、指先でブロックの周りにぐるりと輪を描く仕草をした。それからパチンッと指を鳴らすと、不思議なことに、地面から筒状の光が少しずつ上に伸びてくる。
「うわぁ!すげぇ!!」
「ニュートリノでスキャンしてるんだ。わかりやすいように光子も加えられている」
「ニュートリノってどっかで聞いたことあるな。コウシって何のコウシ?」
「光に子どもの子と書いて光子だ。ニュートリノも光子も、素粒子だよ。素粒子は、これ以上分解できない粒のことで、いくつか種類があるんだ。すべてのもの・・お前も父さんも、宝珠だって素粒子が集まってできている。それくらい小さいから、こういうわけのわからない物体も、突き抜けて観ることができるってわけだ」
そこまで話すと、右手を耳に当てた。
「エースよりジャックへ。エースよりジャックへ。リドレイ聞こえるか?」
「ただいま出かけております。ピーッという発信音の後にメッセージを・・」
「おーい!ベタなおふざけしてるんじゃないぞ。なんたって、こっちには藍善さんがいるんだからな」
「ちぇっ。たまにはノッてくれてもいいじゃないか」
「お前のは「たまに」じゃないじゃないか」
親父は面白そうにクツクツと笑っている。
「藍善さん!お久しぶり過ぎです!ご無事でなによりでっす!」
「相変わらず調子のいい奴だ」
伯父さんもそう言いながら楽しそうだ。
「アタルもそこにいるのか?」
「はっ、はじめまして!」
「ユニフォーム気に入ってくれたかい?」
「あ・・!!これって・・!!」
「アハハハ!あのユニフォーム面白いよねぇ!スキャンデータを元に作ったけど、作りながら笑いが止まらなくなっちゃってさぁ。こんなの絶対着たくないよな〜、さすがアタエの息子用だわぁ〜とか思ったよ」
ムカ。なんか軽薄だなぁ。
こっちはその笑ってるユニフォーム着てんですけど。
「リドレイ、海に変なモノがいたんだよ。今から共有するから至急見てくれ」
「え〜。嫌だぴょ〜ん・・なんて言わせてくんないんだろ?」
「言わせるわけないだろ。もう共有してるよ」
「・・・おいっ!これ・・!!」
突然、リドレイさんの声が変わった。
ちょっと待てよ、と言うと何やらブツブツ呟いている。
「あとこれだ。海中で見つけたんだよ。データの受信用意をしてくれ」
「さっさと送れ」
親父は笑いながら、送信済だと伝えている。
「これか。3分後に」
そう言って通話?会話?は一方的に切れた。
「何だよアイツ。カップ麺じゃないんだから」
「まったく、20年経っても変わらん奴だ」
2人とも笑ってるけど、本当に3分でアレが何なのかわかるんだろうか?
「なあ、そんなあっさりわかっちゃうもんなの?」
「リドレイならな」
「うむ。リドレイが3分というなら3分で大丈夫だ」
リドレイさんという人は、2人と(特に親父と)仲が良いみたいだけど、ものすごく信頼されてもいるんだな。
だけど、あんな軽薄な人に、分析なんてできるのかぁ?
親父が「そろそろだな」と言うと、
「アタエ!わかったぞ!」
という声が聞こえてきた。
リドレイさんは「どうだった?」という親父の問いをすっかり無視して、一方的に喋りだした。
「八面体の中身の紐状のものは非酸素発生型のバクテリアだった。八面体はそれを守ってるんだ。このバクテリアは増殖力が強化されていて、酸素発生型バクテリアを餌にしている。脚は文字通り脚だ。つまり、歩いて酸素発生型バクテリアのコロニーを見つけ、そこで中身を放出する。黄色い部分はバネ状になっていて、放出の際に縮むんだ。ブロックの中には、小さな八面体が無数に格納されていて、定期的にここから一定数が解放されるように設計されている。ここから外に出ると水分を吸収して大きくなるって寸法だ」
リドレイさんは一気に話し終えると、フゥ〜と息をついた。
すごい。たった3分でこれだけの事を調べあげるなんて、この人は何者なんだろう。
思わずあんぐりと口を開けてしまった。
軽薄なんて言ってごめんなさい。
「赤いヤツらが破壊する前に逃げちまったんだよ。縮小したか、隠れたか。どっちだ?」
「水分を排出する機能はないから、間違いなく隠れてるよ。赤から鏡面に変化できるようにプログラムされてるから、脚を畳んで水底にいるだろう」
「ブロックは?ほっといて平気か?」
「ダメだな。逆に赤いヤツらは多少取り逃しても大丈夫だ。奴ら自身が増殖する方法はないからな。厄介なのはブロックだ。そっちをとっとと片付けろ」
「そうか。お前の見込みだと、ブロックはいくつ設置されてる?効率よく探したいから、手段も考えて欲しい」
「えっ!?」
驚いて思わず声を出してしまった。
さっきの今で、答えなんか出せっこねぇじゃん!
「ブロックは1,500個。水たまりがより多くある場所に設置されてるな。同じモノが設置されている場所を探せるように、スコープにプログラムしといたよ。名付けて『八面体発生ブロック発見スコープ』だ。広範囲から調節する事で100m四方にまで絞ることができる」
「ええっ!?」
今度は驚嘆の声をあげてしまった。
もうできてんの!?信じらんねぇ!!
「相変わらず仕事が早くて助かるよ!」
「イェ〜イ。これくらい任せちゃってよん。やっぱボクってすごいよねぇ。アタルもそう思うでしょ?」
「は、はい!本当にそう思います!!」
「ウェ〜イ」
すっげぇ!ガチで天才やん!
「それでだ。今回のコレって、やっぱ火星だよな?」
「間違いないね」
「了解。とりあえず殲滅作戦始めるわ。ありがとな」
「ハイハ〜イ!頑張ってちょーよ」
「毎度のことながら仕事が早いな。助かったよ、リドレイ」
「チャハ〜。藍善さんに褒められると、背中がムズ痒くなりますよ。健闘を祈ります!チャオ」
嵐のような通話が終わって、途端に静かになった。
「よし、じゃあ始めますか」
「なあ!リドレイさんて、めちゃくちゃスゲェじゃん!たった3分でいろいろ調べあげて、おまけに対処法まで考えてくれるなんて!あの人、何者なんだよ?」
俺の問いに親父はニヤリと笑った。
「彼はジャック。ギュムノーの技術担当だよ」




