太古代(2)
「なんだ?楽しんでるじゃないか」
風圧で口をガバガバさせながら滑っていると、隣に親父がいた。
「と、止め方がわかんねぇんだよ」
「ああ?」
「と、止まんねぇ!!」
それを聞いた親父は、スイッと俺の左側に来ると左上腕を掴んだ。
「そのまま身体の角度を垂直に戻すようにしろ」
そう言われた俺が、目をギュッとつぶって身体を立てたのと同時に、親父は俺の腕を持ち上げてクルリと自分の周りを回転させた。
「ハァ、ハァ、と、止まっ・・た・・・」
疲れてないのに息が上がっている。我ながら、かなり焦ってたんだろう。
「あの・・ありがとう」
「あの状態で急に止まると転ぶからな。まあ、転んだところでユニフォーム着てるから大丈夫だけど」
そこに、やれやれと言いながら、スーッと宝珠が飛んできた。
「まったく。話しを最後まで聞かんからこうなる」
「親父がスイスイ行ってるし、俺も体重移動で動かす乗り物で遊んだことあるから、いけると思ったんだよ」
なんだよ俺、調子に乗って。超カッコ悪ぃじゃん。
ばつが悪そうにしていると、
「コツがあるんだよ。使いこなすのは物凄く簡単だから、似たような物を使ったことがあるんだったら、すぐできるようになるさ。ほら、やってみよう」
親父がフォローしてくれた。
「おっ!できた、できた!こんなんでいいんだよな?」
「そうそう。上出来だ」
失敗するといつも「簡単だからすぐできる。やってみよう」と言って、できるまで根気よく教えてくれる。こういうところは、昔から変わらない。
「して、与。確認した結果はどうだったのだ?」
「え?ああ、そうでしたね」
親父は宝珠に向き直った。
「明らかに、俺が撒いたバクテリアが消失しています。確認時の視界を共有します・・って、できますか?」
「いる場所が宝珠の中というだけの話だ。以前のままで何も問題ない」
「わかりました。アタル、お前にも共有するぞ。左眼を左手で覆え」
「え?こう?」
左の手のひらで左眼を隠すようにした。
「目を開いたままにするから、少しだけ手のひらを窪ませて・・そう、それでいい。あとは自分で見やすいように調整しろ」
なんのこっちゃ?
視界を共有とか言ってたけど、録画映像が見えるってことか?
ヴゥ・・ン
鈍い音の後、左眼に広がったのは、今と同じ場所だった。
「うぉ!スッゲェ〜!」
共有って、親父の見たまんまを共有するってことか!
こんなこともできるなんて、めちゃくちゃスゲェじゃん!目玉がそのままカメラのレンズになったみたいだ!
それにしても、ここって左眼に映るところと同じ場所なんだけど、色が違うんだよなぁ。
左眼の景色だと、空の茶色は薄いし、水にはさっきなかった青味が感じられる。水たまりには、それが顕著に現れていて、透明だったり深いブルーもチラリと見えた。
「なんか茶色の薄っすいフィルターを、1枚外したみてぇだな」
右眼には目の前の景色が、左眼には色の違う景色が広がっている。なんか物凄く不思議で奇妙だ。
「前回確認した時の視界です。明らかに違う」
「確かにな。何が起きているか、すぐに確認に行くぞ」
「了解。アタル、手を出せ」
そう言って親父が両手を差し出した。
「やだ!やだやだ!また行くんだろ?」
「ずっとここにいる気か?」
確かに。
「本当に危険はねぇんだろうな?」
ないないと軽い返事を返す親父に、不信感を抱いたまま、仕方なく手を繋いだ。
グニャッ
視界がぐんにゃりと崩れて、グルグルと回り出すと、次に気づいたときは、最初よりもっと茶色い世界だった。
空はもっと茶色くて靄も深い。
緑色の海は変わらないけど、波打ち際の黄色い部分はずっと少なくて、そのまま茶色い地面に溶け込んでいる。
足元には、無数の水たまりがあるにはあるけど、地面はずっとデコボコしていて大きな岩もゴロゴロ転がっている。
「ここは太古代だ。この時代の大気には、酸素は含まれていないんだよ。ほら、見てみろ」
親父が指をさす方を見ると、そこには大きな月が見えた。
「うわぁ、月だぁ・・」
そこから見る月は今よりも大きくて、表面には黒地にオレンジ色のヒビ割れと、広がるマグマがはっきりと見える。白く吹き出しているのはガスなんだろうか。
「マグマがスゲェことになってる!月にも火山があったのか。てことは、あの白いのは火山ガス?」
「そうだ。この頃の月を覆っていた大気は火山ガスでできていたから、ここと同じで人は生きられないけどな」
・・・・・!!!
そうだ!火山ガスって毒ガスじゃん!!
咄嗟に自分の顔を撫でまわしたけど、お面を被ってない。
ならば親父はと見ると、やっぱり可笑しなお面を被っていない。
「ヤバ、ヤバい!俺たち死んじゃうよ!!」
慌てて鼻と口を塞ぐと、左手で親父の服を掴んだ。
「なんで!?ちゃんとフードも被ってるのに、なんでお面被ってないんだ!?」
どうしよう、どうしようと半泣きになっていると、
「プッ。クックック、アッハッハッハ!」
親父が笑い出した。
「なんだ。お前、今まで気づいとらんかったのか」
伯父さんは呆れた様子だ。
「な、な、な、なに?なんだよ?なに笑ってんだよ?」
「まったく、危機意識が低いなぁ。自分の身は自分で守るのが鉄則だぞ」
そう言って肩をポンポンと叩かれた。
「大丈夫だよ。父さんもお前も、ちゃんとフェイスカバー・・お前が言うお面を被ってるよ」
「ほ、ほえ?でも、でも・・」
「お前があんまり馬鹿にするから、さっきジョーカーに言伝を頼んで、ジャックにフェイスカバーを透明化してもらったんだよ」
「と、透明化?」
「そう。そもそも、父さんは藍善さんとしか活動してこなかったから、お前に笑われるまでどんなフェイスカバーなのか知らなかったんだよ。リドレイは・・いや、ジャックは面白がって作ったらしいけどな。いつまで待っても俺が気づかないから、そのうち忘れちまったらしい」
「・・ジャッ・・ク?」
「ジャックはギュムノーの技術担当なのだ」
伯父さんが説明した。
「与とリドレイの若造2人で、また可笑しなことを始めたものだと思っていたが、気にもとめなかったわ。ジャックは、いまだヤンセンとリドレイの2人なのか?」
「ヤンセンさんは退職しましたよ。時々手伝ってくれてるみたいですけどね」
「そうか。彼奴もそんな歳になったのか」
親父は、ポカンとする俺に
「さあ、向こうの様子を見に行こう」
と言ってニヤリと笑った。




