マグマ(1)
ドシャアッ
「うわぁ!?」
サークレアの前に顔を出したのは、あの地龍だった。
「モグのパパ!」
顔だけで、俺達が入っているサークレアの倍はある。
以前会った時は瞳とその周りだけだったから、いま初めて顔全体を見ることができた。
体に纏った黒鋼は鈍い輝きを放ち、けして大きくはないが、その瞳は美しい漆黒のドームだ。
鱗も滑らかで美しく、黒鋼の輝きは風格を讃えていて気品さえ感じられる。
こういうのを「高貴」というのかもしれない。
BGMをつけるとしたら、エルガーの「威風堂々」だな。
「おぉ!あの時の童ではないか」
ビーーーーーーーーーーーーーーーン
おぉぉ〜。頭がグワングワンする。今回も大迫力の強烈な音波だぜ。
「親父の言ったとおり、モグパパだったな」
指で耳の穴を押さえながら親父に話しかけたけど、返事がない。
「親父?」
おそらく音波にあてられたんだろう、親父は今回もまたポカンとしている。
俺はまだ言葉がわかるからいいけど、何もわからず強烈な音波に晒されてるだけだから、さぞかししんどいに違いない。
けどまあ、ケガするわけじゃないし。たまにはいっか。
・・・そうだ!!石は!?
慌ててサークレアの縁にあるはずの石に視線を戻すと、浮かんだままの石からホロリと小さな欠片が落ちるのが見えた。
え?何か落ちた?
欠片は、キラキラと光りながらゆっくりと落ちていき、やがてスッと消えてなくなった。
見間違いか?
右手で激しく両目を擦って、改めて石を見た。
驚くことに、石は光りながら解けるように、ゆっくりと砕けていく。
「あ・・あ・・・」
砕けた欠片はさらに細かく砕け、輝く砂粒のように煌めきながら石の周りを取り囲むと、ゆっくり落ちながら消えていく。それはまるで、美しいスローモーションを観ているようだった。
「・・親父・・伯父さんが・・」
「え・・あ?・・あ!?藍善さん!?」
我に返ったはずの親父もまた、俺と同じように、輝きながらホロホロと砕けていく石を見つめ、呆然としている。
夢のように美しく、夢のように儚く、夢のように軽やかに、輝く石は輝く砂粒となり、砂粒は煌めきながら消えていく。
2人揃って、ただただ吸い込まれるように見ていると、石の中心部から眩い光が溢れ出した。
ああ、なんという美しさなんだろう。
艶めく水滴のような透き通る玉が、マグマの光を反射しながら、自らもキラキラと眩い輝きを発している。
周りを取り巻く砕けた石の破片もまた、玉からの輝きを受けて、さらに幾重にもなる光を放っている。
「・・・宝珠・・だ・・・」
親父の呟きを聞いて、あれが宝珠なんだと悟った。
世の中に、こんな輝きがあるなんて。
2人で突っ立ったまま、ぼうっと見ていると、宝珠の中からスゥーッと何かが浮かび上がった。
髭を生やして、少し白髪の混じった長髪を、後ろで束ねた老人だった。引き締まり無駄のない身体は、髭や髪に白い物が混じっていなければ、とても老人には見えないだろう。
「ああ。藍善さんだ・・・」
あの人が藍善さんなのか。
どんな任務だろうと手を抜かず、無駄なく美しく完璧にこなす人。
親父が追い求めて止まなかった人。
顔はハッキリ見えないけど、イケおじっぽい。
伯父さんが跪いて、右手をサークレアに当てた刹那、さあー・・っと光が発せられ、伯父さんと地龍の周り一面が金色に煌めいた。
「龍善、我が友、息災であったか」
「藍善、友よ、この日をどれほど待ち望んでいたことか」
伯父さんが目を閉じてサークレアに額を当て、地龍は目を閉じてそれに応じている。
「あれ・・俺、泣いてる・・?」
気づくと頬を涙が伝っていた。
「・・なんで?」
なんでかわかんないけど、涙が溢れて止まらない。
大きさも、種族も、年齢も、住処も、何もかもが違うのに、それを超えて繋がっている。
地龍と伯父さんの関係が不思議だった。
不思議で、それはとても尊いものに思えた。
どのくらいだろう。
藍善さんと、龍善と呼ばれた地龍は、光の中でしばらくそうしていた。やがて、藍善さんは立ち上がってゆっくりこちらを振り向くと、俺と親父に優しく微笑んでから、スウッと宝珠に吸い込まれ、最後に星のような煌きを残して消えてしまった。
「あ・・・!」
その場には、宝珠だけが煌めきながら浮かんでいる。
伯父さんは、やっぱり魂だけになってたんだろうか?
それとも、これが残留思念ってやつなんだろうか?
親父は?
あんなに藍善さんを慕っていたのに、親父は大丈夫なんだろうか?
親父を見ると、涙を隠そうともしていなかった。
「親父・・・」
ギュウッと胸が締め付けられるような気がした。
あんなに探していたのに、やっと会えたと思ったら、また別れることになってしまった。
俺だって、もっともっと話したかったし、もっともっと教えてもらいたかった。
言葉が見つからず、声をかけることもでき図にいると、親父はスッと前方を指差した。
「・・・宝珠が・・!」
「え?」
親父が指を差した方を見ると、宝珠がサークレアを突き抜けて、外へと出ていくところだった。
宝珠は煌めきながら、マグマの中へと消えていく。
「・・・ありえない・・・」
夢でも見ているんだろうか。
俺も親父も、あまりの出来事に声も出ず、ただただ呆然とするだけだった。
なんで?なんでサークレアを通り抜けたんだ?
サークレアって、万能なんじゃないんか?
親父に訊きたいけど、さすがに今は訊けない。
俺も、それくらいの気遣いはできる男なのだ。




