月面(10)
「ヒィ、ヒィ、ヒィィィーー!?」
猛烈なスピードで落下していく。
もちろん、サークレアの中は空気ひとつ動かない。
にも関わらず背筋がゾクゾクとして、わずかでも気を緩めると、失神しそうになる。
「お、落ち、ヒェッ、ヒェェェェェー!!」
「アッハッハ!これが「いっき」だよ!」
親父が腕を組んだまま、ゲラゲラ笑っている。
「へ?へ・・ヒッ・・ヒーーー!!」
「イッキ」って場所じゃなくて「一気」だったんかー!
一気に行くっていったって、ほどがあるだろー!
誰だって、まさか宇宙からとは思わんでしょー!
言いたいことは山のようにあるのに、俺の口から出るのは、ヒィヒィという声にならない悲鳴だけだった。
ゴオォォォォォォォォォ・・・
宇宙は、けして暗黒なんかじゃない。
黒を背景に、信じられない数の星が煌めいている。
その中にあって、地球は深い深い碧を基調として、白、茶、深緑、様々な色が複雑に配置されている。
表面に纏った白く輝く半透明のヴェールは、太陽の光に当たっているからだろう、片側がホワァと一層光り輝いて見える。
ああ、こんな時に見るんじゃなかったら、感動してたかもしれないのに。本当に美しいのに!
海が、地面がどんどん近づいてくる。
ヴェールの中に突っ込んだ瞬間から、サークレアの光が強くなった。
そうだ、確か大気圏に突入すると、隕石も大気との摩擦で光るんだっけ。
「あ・・あ・・・あぁ・・」
口がワナワナ震えて、ついに声すら出なくなった。
「ほらほら、下を見なけりゃただの空だぞ」
そんなの知っとるわ!
下を見なければいいのに、目を逸らすことができない。
釘付けになるって、こういうことなんだな。
焦ってる俺と、サークレアに安心してる俺がいる。
不思議な事に、焦っている俺は声も出せないのに、安心してる俺には、景色を観たり考え事をする余裕がある。
それでも、地面に近づくほどに焦りの方が勝ってきた。
「はわわわわ!もう地面だ!じめ、地面!ぶつかる!」
「大丈夫だから静かにしろ!」
「ああ、あ、わあああーーーーー!!!!」
ボスッ ガッ ガガガガガッ ゴッゴゴゴゴゴッ
「わわっ、わっ、わっ!?」
土?石?岩?なになに?
ダスダスと地面を突き抜けていく。どんなに安全だと言われても、怖いものは怖い。
あまりの恐怖に、目をギュウッと瞑った。
ゴッ バシュー・・・ン
「当、目的地に着いたぞ。ほれ、目を開けても大丈夫だ。まったく、これほど騒々しいとはなぁ」
伯父さんは笑った。
そうっと目を開けると、一面が光に溢れている。
「眩しっっ」
「やっと静かになったと思ったらそれか。目を瞑ってたから眩しいだけだ。少しすれば慣れるよ。ユニフォームでちゃんとカバーされてるんだから、問題ない」
親父の言葉を信じて、少しずつ目を開くと、赤、橙、黄色などなど、黄色系のドロドロしたものが、まるで生きているかのように脈打っている。
「うわぁ・・。こ、ここ・・は?」
「富士山の地下にあるマグマの中だよ。地龍にはここで会ったじゃないか」
「ふ、ふふふ、富士山!?穴開けちゃったの!?」
「ああ。何か問題でも?」
親父は涼しい顔をしている。
「だ、だだだ、だだだって、ふ、噴火しちゃわない?」
「ワハハハ!何ものにも、攻めるべき場所があるのだ」伯父さんは、本当に気が小さいなぁと言った。
まったく失礼なジジイだ。
俺じゃなくたって、こんなの怖いに決まってんじゃん!
「さて、俺は我が友を探さんとな」
その瞬間、突然、本当に突然、石が光り始めた。
「おお!?」「うわ!?」
咄嗟に弾いて掴むことができたけど、危うく石を落とすところだった。
「フゥ〜。あっぶねぇ〜」
「なんだ?何かあったのか?」
伯父さんが訊いてきた。どうやら自分が光ってることに気づいてないみたいだ。
「平気です!マジで平気ですよ!」
危なかったぁ。バレたらヤバかったかも。
その間にも、どんどん石の輝きが増していく。
「こんなだった!この石見つけたとき、こんな風に光ってたんだよ!」
「本当に光るんだな」
親父と一緒に見ていると、伯父さんは
「なんだ、俺は光ってるのか?自分ではわからん」
と困惑しているようだ。
光はもはや、周りのマグマにも負けないほど強くなっている。マグマとは異なる白く眩しい光だ。
「あ・・・」
光は脈打つように明滅を始めた。
それと呼応するように、マグマがさっきとは違う動きをしている。
パアァァァァァー・・・
「い、石が・・・」
石はプカリと浮かびあがると、スーッとサークレアの縁に向かっていく。
慌てた親父が石を掴もうとすると、何かに弾かれた。
親父は一瞬驚いた様子を見せたものの、繰り返し掴もうとしては弾かれている。何度も、何度も。
「藍善さん!ダメだ掴めない!!藍善さん!!」
親父の叫び声が虚しく響いている。
だけど、サークレアから外には出られないはずだ。
なら、なんで飛んでいく?
「・・・与、大丈夫だ。会えて嬉しかったぞ。当、精進しろよ」
「藍善さん!!!」
俺は痺れたように動けない。
まるで催眠術にでもかかったように、明滅する石だけを凝視している。
飛び進んだ石がサークレアに触れると、輝きが一層強くなるのと同時に、突如としてマグマの色が橙色に湧き立って、サークレアの周りで沸騰したようにボコボコいった。
「な、なんだ!?」
麻痺していたはずなのに、恐怖の方が勝ったからだろう、俺は咄嗟に親父に駆け寄ると、その腕にしがみついた。
「うわっ怖えぇ!なんだよこれ!?」
「何かが来る。おそらく地龍だろう」
親父は怖がる俺の肩を抱くようにした。
「大丈夫だ、このままジッとしてろ」
そう言って耳を澄ます。
「・・近い・・来るぞ・・・・・来る!!!」
ドシャアッ




