月面(8)
「よし、行くか」
イッキが何処かを教えてもらえないまま、連れて行かれることになった。
「イッキってどこだよ?」
しつこく訊いたけど、その度にククククッと笑って「すぐにわかる」と言うだけで、ヒントさえ教えてはくれなかった。バカにされてる気がして、イライラすることこの上ない。
「ほらほら、しっかり石を持って離すなよ」
ムッカ〜〜ッ!!
緊張とイラつきのメーターがさらに上がったものの、
「事実とはいえ、石と呼ばれるのは不本意だな」
伯父さんがブスッとした様子で話すのを聞いて、
ブフッ
と思わず笑ってしまった。
あ〜あ。悔しいかな、笑ったら負けだ。
そんな事を思っていたら、親父から前触れもなく
「アタル、お前にもやってもらうことがある」
と言われて焦った。
「え!?なに?なに?俺、なんにもできないよ?親父も知ってんじゃん」
「そんなのわかってるさ。だけど、やらないとお前自身が危ないんだよ。ほら、とにかくサークレアを作る要領で、丹田にある玉を意識しろ」
「え?なんで?」
意味がわからなくて問いかけると、親父は盛大にため息をついた。
「まったく。お前はいつも「なんで?」ばっかりだな」
「なんでだよ!説明しない方が悪りぃだろ!?何にも教えてくんねえからじゃん!」
ブチ切れて声を荒げた。
すると、一部始終を見ていた伯父さんが
「血の繋がりがあると、互いへの配慮がなくなるわな。こういう時、己の血が煩わしくなるわ」
やれやれといった調子で続けた。
「与、もし他のヤツを連れて行くとしたら、細かく説明をするだろう?当、もし他のヤツに連れて行かれるとしたら、尋ねる前に一度ならず自分で考えてみるだろう?心を許す相手にもまた、その立場に甘えず配慮することが必要なのではないか?」
怒りのあまり肩で息をしていたけど、伯父さんがの穏やかな口調に、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。
確かに相手が親父だと、訊いた方が早いから考えることはしない。というか、考えるなんて思いもしなかったな。
親父だって、相手が俺じゃなければ、不安を払拭するために、細かく説明してるに違いない。
ただな〜、金星人になってからの一連は、俺の想像・想定・常識の範疇を超えている。考えようもないのもまた事実なんだよな。
「親父、こっちの事情は、想像がつかないことが多すぎて、俺には何もわかんないんだよ。わかんないと、安心・安全第一の俺としては、不安でしょうがないんだ。質問ばっかりで悪いけど、もう少し説明してくんないか?ある程度わかるようになったら、自分でも考えてみるようにするから」
少し冷静になると、角が立たないように気をつけながら、正直な気持ちを伝えてみた。
親父はジッとこっちを見ていたけど、ひと言
「嫌だね」
とだけ言いやがった。
「はぁぁぁぁ!?」
怒りのあまり、こめかみに青筋が立つのがわかる。
「・・と言いたいところだけど、仕方ないな」
肩透かしをくらって、怒りの行き場を失った。
なんなんだよいったい!
こういうところがムカつくんだよ!
伯父さんが、顔を赤くした俺を宥めるように
「当すまんな。コイツは今、急いてるんだよ。せっかちな性分だからな。少し不安があるようで緊張もしとる。それに、お前を怖がらせたくないんだろうさ」
と言った。
ふむ。なんだかストンと腑に落ちた。
考えてみれば、確かに今まではそれなりに説明してくれていたよな。
「癪に触るなぁ。藍善さんには、何でもバレてるってことですね」
そう言うと、親父は話し始めた。
「お前は怖がりだから、あまり説明するのも嫌なんだけど」
「え!?」
俺がギョッとして目を剥いたもんだから、親父は慌てて両手の平を顔の前で振った。
「いやいやいや、もちろん危険はないつもりだけど、いつ何があるかわからないってことだよ」
取り繕っている感がアリアリだ。
ジトーッと、疑いの眼差しを向けている俺から目を逸らしてるってことは、後ろ暗いのは間違いない。
「ゴホン。まず、サークレアは俺が作るけど、お前の玉と連携させておく必要がある。お前も自分でサークレアを作ってるから、ある程度はわかってるかもしれないが、俺の玉を中心とした球体ができるわけだから、お前と藍善さんはサークレアの縁に、不安定な状態で立ってることになっちまう。だが、連携させておくことで、お前の玉と俺の玉の位置を揃えることができるんだよ」
「球体にしなけりゃいいじゃん」
「ダメだ。マグマに入るということは、凄まじい熱と圧力が、全ての方面から加わるってことだ。地龍が攻撃してくることはないだろうが、完全防護するにこしたことはない。そのためには、球体一択なんだよ」
「そうかぁ」
「与、何が不安だ?」
唐突に伯父さんに訊かれて、親父が固まった。
「・・・・・」
「サークレアの大きさか?」
「・・・やっぱり藍善さんには敵わないな」
フフッと自嘲気味に笑うと、伯父さんに向き直った。
「経験上作れたのは、最大で直径3mなんですよ。それも、数回しか作れたことがない。まあ、間違いなく、何度か試せば作れるんですけど・・」
そこからまるで不安を吐き出すように、一息に続けた。
「果たして3mで足りるんですかね。大人3人で立っているだけだったら3mで大丈夫なんでしょうけど。外はマグマなんです。間違えられない」
えーー・・・・・
なんかあったら、詰んじゃうってことじゃん。
ショックのあまり、意識が遠くなりそうだ。
「なら4mにすれば良い」
「だから、3mまでしか作れたことないんですよ!聞いてました?」
「失礼だな、ちゃんと聞いとるわい」
「だったら・・・」
「大丈夫だ」
「え?」
「そもそも3mでも大丈夫だとは思うが、心配なら4mにでも5mにでもすれば良い。お前の力なら、十分に作れる」
「でも・・!」
「当の玉と合わせれば、十分にできるぞ」
「え?」「はいー?」
親父と同時に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。




