月面(7)
「じゃあ、これからデカいサークレアを作るぞ。藍善さんをしっかり持っててくれ」
「デカい?」
「ああ」
「えーっと、説明してくんね?」
まったく。親父はいつも説明を端折る。
「大人が3人入れる大きさを作る」
「え?3人?」
頭はハテナでいっぱいだ。
伯父さんの話によると、事前準備が必要らしいけど、そんなことしてた様子はない(そもそも事前準備って何するんだ?)し、そんなにデカいのを作る必要性も感じない。
「デカくね?大人2人と石ッコロだよ?2人入れるサイズで十分じゃん」
そう言うと、握っている石から怒鳴り声がした。
「貴様!!石ッコロとは失礼な!!」
やべやべやべ!石・・いや、伯父さんが怒ってる!
「いや、あの、石、いや、石の姿をしてる、あ、藍善さんの、あの・・」
「もういいわ!」
焦りまくる俺を見てなのか、俺と伯父さんのやり取りを聞いてなのか、親父が吹き出した。
「プッ・・アッハハハハハ」
やめろ!バカ親父!笑うな!!
伯父さんを刺激されちゃ困る。慌てて口パクで「シーーッ!」「ヤメロ!」と繰り返した。
ちっくしょう!笑ってる場合じゃないってぇ!!
なんだか、伯父さんが石ッコロから飛び出てきそうな気がする。石だから噛むことはできないだろうけど、飛び上がって殴られるとかさ。ここまできたら、何でもありだからな。
笑いが収まると、親父はようやく説明を始めた。
「これから地龍のところへ行くわけだが、この場所を離れる時から、藍善さんをサークレアに入れたままにする必要がある。環境が変わることで、何かあるといけないからな。さて、ここで問題だ。地龍はどこにいる?」
「え〜?そりゃマグマの中に決まってんじゃねえの?」
「その通り。ということは、俺たちはマグマの中へ行くわけだ。もし、もし藍善さんが地龍に会ったことで、宝珠から解き放たれて人間になったとしたら?」
!!!
「その顔は、理解したようだな。石を囲む程度のサークレアの場合、藍善さんはマグマによって消滅するか、サークレアの中で圧死。それは、俺かお前のサークレアに入れておいた場合も一緒だ。ただし、2人で入っているわけだから、死ぬのは2人となる。そして、俺はお前の父親である。サークレアを作れるようにはなったものの、お前の拙い技術では、マグマの熱、圧力、などなど様々な条件下で維持できるかどうか不安で仕方がない。それは、俺と藍善さんがサークレアに入った場合でも、お前が藍善さんが入った場合でも同じだ。ということは、必然的に3人が入ることのできるサークレアを作らなければならない。ここまでは理解したか?」
俺はコックリと頷いた。
確かに模擬火星で練習したとはいえ、全く自信がない。というか、絶対無理だ。ダストストームは、通り過ぎればいいわけだけど、マグマは通り過ぎない。
「あのさ、モグのいる訓練所じゃダメなわけ?」
いろいろ考えてくれたのに、申し訳ないとは思うよ。ちょびっとだけ思うけど、絶対その方がいいじゃん!なんで訓練所じゃダメなんだよ!
・・と口には出さなかったけど、目力を強めて主張してみた。
「はあぁ〜。お前、あの場所がどこか忘れたのか?」
「覚えてるよ!あんだけ大騒ぎしたんだから。富士山のマグマ溜まりの・・・あ!!!」
そうだった!
あそこは富士山のマグマ溜まりの下だった。だからあん時、親父も俺も、必死になってたんだ。
俺ときたら、あんなに苦労したのに、なんだってすっかり忘れちまったんだよ。
「ここまで言ってやった思い出せるようじゃあ、まだまだだな」
「返す言葉もございません」
ガックリとうなだれた俺の肩をポンポンと叩くと、
「わかったのならよろしい」
と言った。
「じゃあ続きだ。そこまで大きいサークレアだと、本部には行けない。入れなくはないが、身動きが取れなくなった時に、サークレアを解除しなけりゃいけない。そうなったら、計画は水の泡どころか、藍善さんがどうなるかわからない」
「え!?本部を通らないで、どうやって地球に帰るんだよ」
親父はニヤリと笑うと、
「いっきに行く」
と言った。
いっき?イッキ?それってどこだ?
頭にハテナマークを浮かべている俺には目もくれず、親父は藍善さんに
「こんなとこでどうですか?」
と訊いている。鼻の穴が広がっているから、緊張しているのは間違いない。親父にとっては、先生に添削してもらう感じなのかもしれない。
にしても、イッキってどこだ?
「俺もほぼ同じ考えだ。よくここまで成長したなぁ」
伯父さんは感慨深げに答えたけど、親父は
「ほぼ?ほぼってどこですか?藍善さんの計画だとどうなんですか?」
捲し立てるように訊いている。
そんなことより、イッキが気になってしょうがない。
「まあまあ、そんなにムキにならずとも・・」
「いや!教えてください!他に案があるんだったら、ぜひ知りたいので」
「いや、たいしたことじゃない。お前は心配性だから、当は置いていくもんだと思っていただけだ。計画の大筋は変わらんよ」
それを聞くと、親父は満足そうに
「ああ、そうでしたか」
と言って笑顔になると、
「俺の今の相棒はアタルですから。置いては行きません。なっ、アタル」
と俺の顔を見ながら肩を叩いた。
そんなことより、俺が知りたいのはイッキが何処かということだ。
「イッキ?イッキってどこ?」
キョトンとしている俺の背中をバンバン叩きながら、親父と伯父さんは大笑いした。




