なんで俺?(5)
「いま!?いま話してしまわれるんですか!?」
「うむ。やむを得まい」
ふんっ!どんなに説得されたって、絶対にやるもんか!
「よく聞くのだ。まずは報酬から説明するぞ」
結局のところ、金で釣ろうってことか?
俺は生活できる程度の金が稼げれば充分なんだ。
安心・安全第一の人生にリスクはいらない。
いくら積まれたって、ぜったいやらねぇぞ!
「ギュムノー・・お主の父親の仕事を我々はこう呼んでいるが、まずギュムノーとなった場合、1年間に1,000万円の基本給プラス、特殊勤務手当としてその同額、つまり2,000万円を払う。これはお前の父親の住環境地区が日本であるため日本円で換算しておる。さらに、現在の貨幣価値から積算しておるから、過去はもっと低かったし、未来には高くなるだろう。もちろん、出張費も出すし、必要経費も支給する」
金額を聞いて拍子抜けした。てっきり、莫大な金を払うから、それを餌にやらせようってことかと思ったからだ。
「なんだ。いろいろさせる割には、たいしたことないじゃん」
思わず声に出てしまった。
2,000万円ってすごい額だけど、ここまでの展開を考えるとこの仕事は危険な臭いがプンプンする。
もし、万一、任務が死と隣り合わせなんだとしたら、それだけもらっても、誰もやりたくないんじゃないだろうか。とりあえず俺は絶対やらないし、もっともらってもやらない事に変わりはないけどな。
「アタル!なんて失礼なこと言うんだ!」
「だって、子どもにさせられないんだろ?18歳以上ってことは、危険だからだろ?だいたい、地球の進化に絡むなんて大事が安全なわけないじゃん」
クラゲマンは俺に言い返すこともなく、そのまま淡々と説明を続けた。
「一定期間ギュムノーを勤め上げると、それまで払った額と同額を退職金として払う。と同時に、2つの選択肢が示される。純粋な金星人になるか、純粋な地球人になるか。しかし、理由なく勤め上げることができない場合、地球人になる選択肢はなくなる。まあ、地球人の血もあるから、徐々に金星人になるのだがな」
徐々に金星人になる?
その言葉で俺の心臓はギュウッと鷲掴みにされた。
ドクン ドクン ドクン
心臓が激しく脈打つのがわかる。
「え?・・待って待って。俺、クラゲマンになるの?」
混乱してきた。俺のモットーは?「安心・安全第一で、安定した人生を送る」だ。俺の人生はこんなはずじゃない。
「クラゲマン?」
親父とクラゲマンが声を揃えて聞き返してきた。親父の声は耳から、クラゲマンの声?は頭に直接聞こえてくるのが変な感じだ。
「だから、あなたのことですよ!あ、な、た!」
そう言って苛立たしく右の掌でクラゲマンを指し示した。
混乱が止まらない。こんな状況でも指差さない俺って偉いよな。
「ク、ク、ク、クラ、クラゲ・・」
親父は目を白黒させている。
クラゲマンは真珠色の頭がピンクになった。
シューッ
「も、申し訳ございませんっっ」
おもむろに親父が土下座した。
「なんだよ。だってクラゲの化け物じゃん」
「アタルーー!!お前、長老様になんという事をっっ」
俺は人差し指で耳の穴を塞いで横を向いた。
シューッ
「まあよい。続けるぞ」
クラゲマンの頭は元の色に戻った。
「ギュムノーにならないのであれば、純粋な金星人になるしかない。もともと金星人なのだからあたりまえだ」
ドォーーーン!!
頭から雷に打たれたように、目の前が真っ暗になった。背中一面の毛穴という毛穴が開いて、汗が吹き出てくる。
目の前って、ショックを受けると本当に真っ暗になるもんなんだな。お前は金星人だって言われても、何も変わらないから安心してたというか、忘れてたというか。
「は・・はぁ??・・な、なん・・で?なんで・・なんでだよ?金星人の血を引いてるってだけだろ?」
言葉が震えて、うまく喋れない。
「親・・父?・・・なんとか言ってよ。・・・なあ、親父。なんとか言ってくれよ」
「・・・本当だ」
ずっと黙っていた親父が、ようやく口を開いた。
気のせいか声に憐れみが混じっている。
「出現した以上金星人だ。お主は、「今はたまたま地球人の姿をしている」というだけなのだからな。さきほども伝えたように、徐々に金星人となるのだ」
仕返しなのか?クラゲマンが冷たく言い放った。
ゾワッ
身体中の毛が逆立った。自分でもわかるくらいハッキリと。
目の前のクラゲの化け物をマジマジと見る。
コイツは金星人なんだよな?ってことは、俺もこうなるってことだよな?いま俺は、クラゲの化け物になるって言われてるんだよな?
え? ええ? えええーー!?
「なんだよそれーーー!?じゃ、じゃあ、足がいっぱい生えてくるってわけ!?」
「そうじゃ」
「ダルダルに垂れたデカい頭になるってわけ!?」
「そんなに垂れておらんわ!」
「胴体もなくなるってわけ!?」
「そうじゃ。頭に収まって身軽になるぞ。服もいらんしな」
「鼻も無くなるってわけ!?」
「そうじゃ。頭全体で感じるから問題ないぞ」
「口も無くなるってことかよ!!」
「口はあるぞ」
そう言って、クラゲマンは10本の足のうち5本の足を高々と持ち上げると、足の付け根の中央部を見せた。
「!!!」
そこには赤くて大きい嘴のついた口があった。
「・・・・・うぅん」
ドサッ
そのまま気を失った俺の頭の中で、クラゲの嘴がぐるぐると回っていた。