月面(6)
「嫌だなぁ、冗談ですよ〜。本気にしちゃって」
「なに言っとるか!相変わらず失礼極まりないヤツめ!!」
石の鼻息がフンフンと荒くなっている。鼻は無いのに不思議だ。
「あんまり怒ると血管切れますよ・・って、血管ないですよね!ははは」
「こ、こやつめ〜〜!!」
いやはや、怒りのあまり石が割れるんじゃないかと思ってドキドキする。
泣くほど再会を喜んでいたのに、茶化すようにからかう親父と、からかわれて鼻息荒く怒ってるのに、宝珠に吸い込まれるほど親父を心配していた藍善伯父さん。
この2人の関係性って、わっかんねえなぁ〜。
2人、というより1人と1個を交互に見比べた。
「でも、崩れて消え去るかもしれないってのは本当ですよ。何たって45億年ですからね」
親父は腕を組んで考えている。
確かに、密閉されていた遺跡から発掘されたものが、空気に晒された途端、風化して崩れたり色褪せたりするって聞いたことがある。45億年は、そんなものを遥かに凌ぐ年数だから、調べようがない。
「藍善さんは、対処法に何か思い当たることないですか?」
「知らんわっ!芯の宝珠が無事なら、崩れることなどあり得まい!」
「う〜ん、光ってたんなら、宝珠は無事なんだと思うんだけど、危険は犯したくないんだよな〜」
宝珠かぁ。モグパパに貰ったヤツだろ?
・・・我と彼奴を繋ぐ宝珠はそのままだがの・・・
突然、モグパパが言っていたことを思い出して、ビビビッときた。言うなれば、ナノの雷撃にあったみたいだ。まあ、それはちょっと大袈裟かな。
でもこれで、全然意味がわからなかったモグパパの言っていた事が、全て繋がった。
「そうだよ!なんで忘れてたんだろう!」
興奮して思わず立ち上がった。
「モグパパに会った時、宝珠はそのままだって言ってた!あん時、親父にも話したじゃん!」
俺の話を聞いてようやく思い出したらしく、親父がポンッと手を打った。
「そういやそうだったな!藍善さん、おそらく宝珠は大丈夫です。アタルが地龍から直接聞いたらしいんですよ」
親父と俺が喜んでいる横で、
「モグパパ?言われた?」
という石の呟きが聞こえてきて初めて、伯父さんが意味もわからず困惑しているであろうことに気づいた。
自分の友達がモグパパって呼ばれていることも、俺が地龍と話せることも知らないもんな。
表情というものがないから(なぜならただの石だから)、全然気がつかなかった。
俺はもう一度座り込んで、石をベチベチ叩きながら喜んでいる親父に話しかけた。
「親父、伯父さん意味がわかんないみたいだよ」
「ん?そうだな。話していいか?」
俺は大きく頷いた。別に隠すことじゃない。
「アタルは藍善さんと同じで、地龍の言ってることがわかるんですよ」
「なんと!」
「すべては、コイツがソーヤブルを持ち出したことから始まるんですけどね」
「やめろよ!その話はしなくてもいいだろ!!」
そこから、なんやかんやと、これまでの経緯を話した。
「ふむ、そうだったか。友が元気でいることが何よりの喜びだ」
感慨深いものがあるんだろう、石は・・もとい伯父さんは「そうか、そうか」と言っていた。
そして、少し口をつぐんだあと
「万一、万万が一、地龍だけでなく、他のものとも気持ちを通じることができるとしたら、その力は便利なものであると同時に、負担ともなるものだ。よく覚えておけ」
とだけ言って、それ以上なにも教えてはくれなかった。
「じゃあ、すぐに行ってきますよ!」
「・・・・・」
「藍善さん?」
「・・・やはり、俺も行くわけにはいかんよな」
「行きたいんですか?」
「・・・いや、我儘を言った。すまん、忘れてくれ」
モグパパは伯父さんにとって大事な友達なんだよな。
それも、深い、深い友達なんだ。会いたいだろうなぁ。
「なあ」
「あん?どうした?」
「前さ、サークレアにナノ入れてたよな。あん時、俺の半分は親父と同じ遺伝子だから入れるって言ってたけど、ナノは違うじゃん」
「ああ。基本的にサークレアは1人用なんだが、応用すれば、複数人で入れる大きなものを作ったり、自分以外の人や物の受け入れが可能なものも作れるんだよ」
「じゃあさ、サークレアに伯父さんも入れて外と遮断すれば、影響を最低限にできんじゃね?」
「・・ふ・・む・・・」
親父が顔を上に向けて何やら考えている。
そんな難しいこと言ったかなぁ?
「どう思います?」
伯父さんに小声で訊くと、
「俺は自分でサークレアを作れる状態じゃないから、口出しする権利はない」
と言ったあと、説明を続けた。
「サークレアは存外デリケートなのだ。中に受け入れるものが、無機物か有機物かによっても異なるしな。どちらにせよ、事前に準備をしておかないと、作るのに時間がかかったり、不完全なものになってしまう」
そうか。あの時は、モグママが突然現れたうえに、ナノと俺が入れるようにしなくちゃいけなかったから、準備がしっかりできてなかったってことか。合点がいった。
「だから筒状だったんだな」
「ん?何が筒状なんだ?」
「あ、なんでもないです」
俺はそう言って、頭をフルフルと振った。
「アタル、ちょっと」
親父は立ち上がって少し離れると、俺を手招きしている。伯父さんに聞かせたくない話なんだろう。
やっぱ諦めるしかないか〜。
そう思っていたら、
「あれ?藍善さんも連れてこいよ」
と言われた。
「へ?」
「何やってる。さっさと地龍のもとへ行くぞ」
どうやら親父は何か考えついたようだった。




