月面(5)
ドガアァァァァーーーーーー・・・
宝珠を掴んだ刹那、核のない月が、前を行く月にゆっくりと追突した。
これまでか・・・!
宝珠を握ると、今までのことがコマ送りで浮かんだ。
ああ、俺はここで死ぬのか。
これが走馬灯というものなんだな。
長老、お仕えさせていただき、身に余る幸せでございました。
友よ。いま一度会いたかった。先に向こうで待っているぞ。
父上、母上、今からそちらに参ります。
ああ、心残りはあるが、満ち足りた人生であった。
・・・心残り?
・・・・・・・
与!!
唐突に与のことを思い出した。
まだアヤツに何も教えていないではないか!後継者がいないまま与が独りになってしまう!
グッ
俺は宝珠を握りしめた。
火星が不穏な動きをしている今こそ、皆で長老を守らなければならないのに!
ググッ
一層強く握りしめた。
ああ、死ねない。まだ死ぬわけにはいかない!!
グググッ
握って握って、宝珠の先が手のひらに食い込んで、血が滲むほどに。
パアァァァァァーー・・・
うおぉぉぉぉぉぉぉぉ・・!?
突然、宝珠が強烈な光を放ったかと思うと、俺は宝珠に吸い込まれたのだ。
人の脳は不思議だな。長い、長い時間だったように思えた。だが、全ては一瞬の出来事だったのだ。
それから何億年経ったろうか。
やがて月の熱が冷め、俺の意識も無くなった。
永の眠りについていたのか、目覚めたのは、当に思い切り振られた時だ。
なに?光っていた?
知らんなぁ。ここは本部だから、護りの誰かしらがこの辺りへ来ることもある。知っていれば、その時に光を出して、見つけろと騒いだはずだ。
はてさて、あの時何が起こったのか。
宝珠に吸い込まれたのは、間違いないと思うのだが。
灼熱の中で、人の身体が保つはずもない。
砂粒にもならず、蒸発しているはずだ。
しかし、こうしてお前達と話しているのもまた事実。
宝珠に吸い込まれたと思ったのは、幻だったのか。
果たして今の自分は、魂だけに成り果てたのか。
何も、そう、一切合切わからんのだ。
伯父さんが話し終わると、辺りは静寂に包まれた。
45億年も眠り続けていたのか?
この暗闇の中、独りぼっちで?
俺なら絶対耐えらんないよ。
あ、でも寝てれば耐えられるのか?
いや、やっぱ耐えらんないな。
頭の中で、色んなことがぐるぐる回っている。
最初に口を開いたのは親父だった。
「・・なんて言っていいか・・なんて言っていいかわかりませんが、これだけは言えます。ご無事で良かった。どんな姿であっても、こうして会話ができる」
そう言って鼻を啜った。
石になっていても、果たして無事だと言えるのか?
チラッとそんなことを考えたけど、賢明な俺は口には出さなかった。
「ほれほれ。当の前で泣いてどうする。お前も父親になって、守るべきものができたのだからな」
親父は大きく頷くと、こめかみを叩いて出てきたティッシュで鼻をかんだ。
え!?こめかみクリックでティッシュも出てくんの!?
・・・使いこなせればすげぇ便利なんだな。
驚きを通り越して感心して見ていると、
「当」
「え?え?え?」
不意に名前を呼ばれ、よもや怒られるのではと焦った。
「隕石じゃなくてすまなかったな」
そのことか。ふぅ〜、怒られるかと思った。
さっき大迫力で怒鳴られてからビビビビビビっている。
「びっくりしちゃって、隕石のことなんて忘れてましたよ」
これは本当。ガチでいま言われるまで忘れてた。
でももし覚えてたとしても、「隕石じゃなくてガッカリだよ!」な〜んてこのタイミングで言えっこない。
とはいえ隕石じゃないけど喋る石だったわけで、これはこれである意味貴重だな。
腕を組んでフンフンと自分の考えに頷いていると、親父が
「藍善さん、俺たちそろそろ帰りますけど、この後どうします?ここにいます?」
とのたまった。
えー!?あんなに泣いてたのに、一緒に帰らねえのかよ!?そもそも石ッコロなんだから、動けっこねえじゃん!
「うん?ここにか?」
突然言われて、伯父さんも面食らっているんだろう。石だから表情はわかんないけど、たぶん。
そりゃそうだよ。動くこともできないまま、45億年もここにいたんだぞ。親父ったらなに言っちゃってんだよ。
慌てる俺とは対照的に、親父は落ち着いた様子で続けた。
「はい。環境が変わったら、崩れて消え去るかもしれませんし」
あ、そういうことね。何にも考えてないのかと思ってたから、それを聞いて安心した。その配慮はナイスだな。
でも伯父さんとしては、まずは一緒に地球に帰ろうって言って欲しいんじゃないか?
「場所がわかるように目印を置いておきますよ。そしたら俺達、また来ますね」
親父が一方的に話を進めている。
あぁぁ、伯父さんの返事待った方がいいってぇ。まだ伯父さんここにいるって言ってねえじゃん。
「あ、あのさ、一緒に帰ればいいんじゃね?」
伯父さんっていっても知らない人だし、また怒られるのも嫌だから、気配を消してステルス作戦してたけど、このまま置いてったらさすがにマズいだろう。
「ほら、うちにご招待するとか・・」
喋る石だけど。きっと、母さんと朝芽が腰抜かすな。
親父は俺の提案に、同意するどころか難しい顔をした。
「石なんか持って帰ると母さんが怒るだろう。軽く洗ってから、お前の部屋に置いとくか?」
何かいまピキッて怒りの音が、伯父さんから聞こえた気がするんですけど。
「こ・・こ・・こん・・・」
怒りで声が震えてる!来るぞ!!
慌てて耳を塞いだ。
「こん大馬鹿もんがーーー!!!!!」




