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月面(4)

核のない月を動かすにあたっては、最小限の力で行わなければならない。そこに我々の効率は関係ない。

少しのきっかけで動き出し、動き出したら慣性の法則で止まらないわけだから、うっかり余計に力を加えてしまうと、たとえそれが微弱だとしても、衝突に繋がってしまう。そうなると、ゆっくり融合させるどころか月の破片が四方に飛び散ることになってしまうのだ。

ん?アタルが変な顔をしているな。

慣性の法則がわからないのか?

アタエ、ちゃんと教えなければダメだぞ。

なに?アタルは知っているはずだと?

まあよい。念の為、簡単に言っておこう。

動くものは動き続けようとする。止まっているものは止まり続けようとする。これを「慣性の法則」というのだ。

何にでも名前をつけようとする者はいるのだな。だが、不思議だと思うこと、事象を検証することは非常に重要なことだ。全ての原動力となり得るものだからな。

さて、あの時、アタエは納得していなかったようだったが、少しずつダムナディスで破壊して月自体のバランスと重心位置をずらしていった。


アタエめ、すっかり飽きているな。

だが、どんなに微力であろうと、力を加え続けることが、いずれ大きな結果をもたらすのだ。急いでも良い事はない。「急いては事を仕損じる」とはよく言ったものだな。


ドーンッ


・・ゴ・・


よし、動き出したな。


・・ゴ・・ゴゴ・・


ゴゴゴゴゴ・・・


アタエが興奮して騒ぎだした。コイツは幼少の頃より宇宙が好きだからな。純粋に事象を楽しむ心は、俺がとうに無くしたものだ。

逆に、俺にとってはここからが緊張するところだ。任務を完遂するために、気を引き締めなければならない。

ようやく核のない月が動き出したものの、例えダムナディス1本でも着弾地点がずれていれば、あるいは隕石や塵の衝突で月の重心や形が変わっていれば、予定通りの軌道にはならない。

このままであれば、問題なく前を行く月と融合するはずだが、それでも確認をしながら、必要があれば軌道修正しなければならない。

ここからは俺の仕事だ。

本来ならアタエも連れて行きたいが、些細までは説明する事ができない。アタエは聡い子であるから、共に計画を立てていれば、何か起きても瞬時に原因と対処法を導き出す事ができたであろうに。

ならば、万が一にも巻き込まれることが無いよう、この場から離しておかなければならない。

すぐにアタエの横に行き、

「よし、動きだしたな。おまえはここから離れろ」

と言った。

俺はどうするのかと訊いてきたので

「軌道を確認して、場合によっては微調整する」

と言うと、自分は行かなくていいのかと言う。

予定通りになるとは思うが、余計な欠片が出るようなことがあれば、破壊のうえ消滅させねばならない。

融合、破壊。どちらにしても、まだ若く経験の浅いアタエが巻き込まれる可能性は、ゼロではない。

「万一2人とも巻き込まれたらかなわん」

自分はともかく、アタエだけは何としてでも守らなければ。

「計算上では月の残骸はほとんど飛散しないはずだが、少し離れてサークレアを張っておけ。俺も確認したらすぐに行く」

そう言うと「イエス サー!」などと言いおったので、「外国かぶれめ」と言い返したが、アタエのやつは、返事もせんかったわ。


アタエと反対方向に別れた俺は、動き出した月に近づきながら振り向いて、離れた場所でアタエがサークレアを張るのを確認した。

良かった。あの中にいさえすれば、安全は約束されている。

俺は安心して月の動きを検証し、予定通りであることを確認した。

「軌道は問題ない。俺もそっちに向かう」

そう言うと「お気をつけて」という声が、こめかみのあたりから聞こえてきた。

宇宙で唯一聴こえるのは、互いの発する音だけだ。

これだけ離れていても会話できるというのは、何年経っても、何回経験しても不思議に思う。

さて、まもなく任務完遂だ。

と、アタエから戻らないことを心配する連絡が入った。

「大丈夫だ。いまそっちに向かっている」


シュウウ


共に任務完遂を見届けるべくアタエの元へ向かっていると、サークレアの中からこちらに手を振っているのが見えた。

コクリと頷いたその時、首から下げている紐から、スルリと何かが抜けた落ちた感触があった。

うん?何だ?

・・・宝珠か!?

咄嗟に掴もうとして手が当たってしまい、そのまま止まることなく月に向かって進んでいく。

まずい!宝珠が!!

あの宝珠は、友である地龍が、俺の為に自らの命とも言える宝珠を欠いてくれたものだ。

あの宝珠は、あの宝珠だけは、命に代えても手放すわけにはいかない。

俺はクルリと引き返した。

アタエは驚いたようだったが、俺にとってあの宝珠は命以上のものなのだ。

地龍は、寿命の短い人間である俺などを友と認め、宝である宝珠を分け与えてくれた。いや、宝どころではない。あの宝珠は、地龍の親から子へと代々引き継がれる宝。はるか昔に地龍の命と共に生まれ、やがていつかは地龍の命と共に消えるであろうもの。それを削り取ってまで、俺にくれたのだ。

「宝珠・・宝珠を落としたんだ」

月はどんどん進んでいて、今にも衝突しそうだ。

アタエは、宝珠を諦めろと言ってきたが、彼奴が心配してサークレアから出てくるようなことは、絶対に避けなければならない。

「いや、近くに見えている。すぐ届くさ」

そうだ。宝珠が飛ぶスピードより速く。速く。もっと速く。

アタエがサークレアを張れと騒いでいるが、サークレアは、移動していると張ることができない。

「バカ言うな!宝珠が爆発に巻き込まれるやもしれん」

右手をグイッと伸ばす。

慎重にしなければ。指先が少しぶつかっただけでも、宝珠が飛んでいくスピードは加速してしまう。

こちらのスピードを加速する事もできるが、通り過ぎてしまったり、宝珠の軌道に何らかの影響を与えたりしたくはない。

「待て、もう少しなんだ」

肩から伸ばすようにすると、宝珠が手の内に入った。

「よし!掴ん・・」


ドガアァァァァーーーーーー・・・


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