月面(2)
「ふむ、軽いな。鉄隕石じゃなさそうだ。隕石だとしたら、だけどな。調べてみるか」
トンッ
親父がこめかみの辺りを三本指で叩くと、目の前に光が現れて両目のあたりを覆った。
何だ?虫メガネみたいなもんなのかな?
ジッと見ていると、こめかみの辺りに人差し指で円を描く仕草をした。
「何してんの?」
「ん?」
「ここんとこで指をクルってしてたじゃん」
「ああ、これで明るさを調節してるんだよ」
「明るさ?」
「そうだよ。コイツを暗視スコープにした時に、これで明るさの調節ができるんだ」
「え?何それ?もしかして、それを使えばここもはっきり見えるってことかよ?」
「あれ?教えてなかったっけ。これはライトスコープっていって、望遠鏡にも顕微鏡にも暗視スコープにもアニマンチアスコープにもなるんだ。今は、暗視機能のついたアニマンチアスコープにしてる」
「何そのアニマルスコープって?」
「アニマンチアスコープだ。物質を判定するスコープのことだよ。例えば、そのスコープで知らない生物を見ると、名前や特徴なんかがわかる。無機物ならば、表面だけだが大体の組成がわかるってとこだ」
「ふっざけんなよ!そんなの使えんだったらさっさと言えよ!なんなら最初っから何でも見れたってことだろ?」
頭から湯気を立てる俺を両手で宥めながら、
「まあそう怒るなよ。本当の星空を見せたかったんだ。宇宙は果てしなくて、信じられないくらい美しいんだ」
なんて言ってたけど、本当かどうか怪しいもんだ。
ブースカブースカ文句を言いつつも、ライトスコープの使い方を教わると早速試してみた。
「何の機能を使いたいかを頭の中で考えながら、こめかみの・・ここだ。ここを三本指で一度叩くと、目の前に光のレンズが現れる」
「ここって・・」
「そうだ。長老が、」
「皆まで言うな。思い出したくもない」
「脳を組み込んだところだよ」
「だー!!言うなって言っただろ!」
親父はクツクツと笑っている。
くぅ〜っ!俺が嫌がる事をピンポイントでやって、喜んでやがる。
ちくしょう覚えてろよ。いつか痛い目みせてやる。
ムカつくけど、とりあえず使い方をマスターしないと。このままじゃ視界が悪くてかなわない。
何から試してみるか訊かれて、迷うことなく暗視スコープをチョイスした。暗闇じゃ何もできないからな。
暗視スコープ、暗視スコープと心の中で念じながら、こめかみを叩いてみる。
トンッ
その瞬間、目の前に暗視スコープの機能を備えた、光のレンズが現れた。
「うおぉぉぉ〜!?すげぇすげぇ!!めっちゃ明るいじゃん!昼間と全然変わんねえ」
暗視スコープってこういうことか!
太陽が当たっていない真っ暗な月の裏側も、隅々までが灯りを点けたみたいによく見える。まるで太陽のスイッチを入れたようだ。こっち側から太陽は見えないんだけどね。
「ガチですげえな、これ!」
興奮しながら振り向くと、親父は真剣にモドキ石を観察していた。
そうだった。俺のためなのか、親父自身の興味なのかはわかんないけど、隕石を調べてくれてるんだっけ。
「で?どうなんだよ。やっぱ隕石だろ?」
「・・・いや・・この表面は・・分析できないぞ・・」
親父が険しい顔でそう言った。
「え?じゃあ、ただの石ってこと?」
「ただの石なら分析できるんだよ。ケイ酸塩鉱物とかな」
「ケイサンエンコウブツって?」
「カンラン石とか輝石なんかのことだよ」
「貴石!?貴石ってダイヤモンドとかルビーとか!?」
思わず目を輝かせた俺を、親父が慌てて止めた。
「違う違う違う!お前の言っている貴石は、美しさ・希少性・一定の硬度を兼ね備えてる石のことだけど、父さんが言ってるのはそっちじゃなくて、輝く石と書く方の輝石なんだよ。その中だと、宝石と言えるものは翡翠くらいだ」
「なんだ〜。でも分析できないってことは、ダイヤモンドとかルビーの可能性もあるってことなんじゃないの?それか、もしかして尋常じゃないくらい貴重な物だとか!?」
こうなったら、何としてでも調べて貰わないと。
俄然やる気が湧いてきた。
「表面に粉がついてるからじゃねえの?」
「いや、レゴリスはちゃんと払ったよ。隕石そのものの表面がエラーになるんだ」
「ちょっとだけ削ってみたら?」
「いや、少し削ったくらいじゃ、何もわからないよ」
「なら割ってみようぜ」
「いいのか、割っちゃっても?どうせ強欲なことでも考えてたんじゃないのか?」
親父はニヤリと笑った。
途端に小っ恥ずかしくなって
「うっせぇな!!返せよ!割ったって価値なんか下がんねぇから平気だよ!!」
そう言って親父の手から思いっきり奪い返すと、地面に叩きつけようと、頭の上に振り上げた。
「よせと言ってるだろうが!!」
どこからか怒鳴り声がして、親父と顔を見合わせた。
「何だ何だ?誰かいんのかよ?」
俺はモドキ石を持ったまま、キョロキョロと周りを見回した。
「親父!親父にも聞こえたよな?」
親父は固まって動かなくなっている。
「おい!どうしたんだよ親父!親父!」
目の前で騒いでるのに、固まったままだ。
「まさか・・敵?・・んなわけないよな。じゃあ訓練の一環ってこと?」
「・・・今の声・・・」
親父がようやく口を動かした。
「なに?なんだよ?やっぱ訓練ってこと?」
「・・あ・・あ・・・」
親父は目をガン開きにして唇を震わせている。
「どうしたんだよ、親父?」
肩に手を置こうとして、親父にモドキ石を奪われた。
「藍善さん!!!」
「えーーーー!?」
親父が叫ぶのと、俺が尻餅をつくのは同時だった。




