本部(17)
「よし、まあ及第点だな」
「や、やっと・・・」
ぐったりと地面にくずおれた。
あれから鬼のように練習して、ようやくここまできたのだ。
「くうぅ〜、やったぜぇ」
「でもまだ中の弱程度のダストストームだからな。巨大なストームになると、その大きさ故に巻き込まれるまでのスピードが早くなる。敵に遭遇した場合も想定すると、せめて1秒でサークレアを作れるようにならないと、自分が危険なんだよ」
そう言って、親父が釘を刺してきた。
「ここからまだしばらくはかかるだろうが、繰り返すうちに問題なく作れるだろう」
「なんだよ、まだまだ続くのか」
「いや、短期間でよくここまでできるようになったよ。今日はこれくらいにして、家に帰るか」
「え?クラーケン様は?」
「全部終わったらな。それより、帰る前に月面に行ってみないか?」
「なんだよ、それよりって。クラーケンの存在する証拠探すって言ってたの嘘だったのかよ!」
「人聞き悪いこと言うな。ちゃんと訓練したら、って言っただろう。まだ訓練は終わってないんだから仕方ないじゃないか」
不満ブーッと膨れ上がった俺の頬っぺたを見て笑うと、ほら、と言って腕を出してきた。
「なに?」
「いいから。お前に月面を見せたいんだよ」
ふん。調子の良いこと言いやがる。
まあ、月面は行ってみたい。確かにそれは認める。
「わかったよ。今日のところは許してやるけど、クラーケンの約束忘れるなよ」
そう言いながら腕を絡めた。
「もっとしっかり父さんの腕にしがみつけ」
「えぇぇ〜」
「いいから、早く!」
「こ、こうか?」
なんか小っ恥ずかしいな。なんでこんなこと言うんだ?
「絶対離すなよ。行くぞ!」
ギュギュギュ
「ぐぬ!?」
ギューーーーーーーーーン
ぬんんんんんんん・・・
ギューーーーーーーーーン
す、すご、すご・・い・・・Gが・・かか・・・るぅぅ
ギューーーーーーーーーン
ぬおぉぉぉぉぉぉ・・・
ポンッ
「おっふ」
突然Gが解けた。
顔が変形したんじゃなかろうか?
思わず顔を触って形を確認する。
はぁ〜、良かった。大丈夫だな。
それにしても、すごいGがかかった。だから親父は「しがみつけ」って言ったのか。
「着いたぞ。これが月の裏側だ」
言われて見ると、そこにあるのは暗黒と宇宙だった。
「うわっ!?落ちる!!」
暗闇の中、地面は黒々としている。さっきの模擬火星では星空に吸い込まれそうで怖かったけど、ここは地面の方が吸い込まれそうで恐ろしい。
咄嗟に親父の腕にしがみつく力が強くなった。
「大丈夫だよ。太陽が当たっていないから暗いだけで、ちゃんと地面があるんだから。目が慣れてくれば、地面も見えるさ」
見えないところで何か起こるんじゃないかという恐怖に駆り立てられるあまり、目を瞑ることもできずブルブルと震えていると、そのうち親父の言う通り、暗闇・・といっても星明かりはあるけど・・の中、薄っすらと地平線が見えてきた。こうなると、恐怖は格段に無くなる。
視界が黒い地面と星空に明確に分かれていて、不思議な感覚だ。
「歩くと面白いぞ。ここの重力は地球の6分の1だから、さっきの模擬火星より体の重さが軽くなるからな」
「え?そうなんだ」
「ああ。ここでは体重11kgぐらいの感覚になっているはずだ」
どれどれ?と、しがみついていた親父の腕から手を離すと、確かにさっきまでより、軽くなった感じがする。
「お?おお?」
軽いどころか、ちょっと動くだけで体が持っていかれる。ジャンプする気はないのに、勝手にジャンプしている感じだ。
「な、なんか、ふわふわ、するな」
「面白いだろう?」
親父がニヤニヤしている。
うん、確かにめちゃくちゃ面白い。
1歩進むと、その1歩がポーンと弾む。
楽しくポーン、ポーンと歩いているうちに、親父が前に言ってた事を思い出した。
「この辺が、マグマで真っ赤だったって言ってたとこ?」
「この辺どころか、ここら一帯、全てだよ」
「ふうん」
「なんたって、月が月にぶつかるんだからな。真っ赤になって、ドロドロと煮えたぎっていたんだよ。・・ああ、そうだ。宇宙の中で、真っ赤で、赤黒くて・・」
親父が遠い目をしている。
きっと昔のことを思い出してるんだろう。あの光景は忘れられない、って言ってたもんな。
・・・放っとこ。
それより飛ぶように歩けて面白い。
ふわふわぴょんぴょん、走り回るというより跳ね回る感じだ。
ウサギになったみたいだな〜。うん、そう。これぞまさに、月のウサギってやつだ。
練習が辛かった反動なのか?なんだかめちゃくちゃ楽しいぞ。
気分が上がった俺は、模擬火星でやったのと同じように、ジャンプしてみることにした。
火星もどきでジャンプした時は、1m以上飛べたから、ここでは2mくらいいけちゃうかもな〜。
ウキウキと軽い気持ちで飛び上がった。
「せーの、ほいっ!」
ぴょーーん
「おわっ!?」
2mどころか、なんなら3m近く飛び上がってしまった。
「え!?こ、怖っ」
思わず足をイカみたいにバタバタさせて、ゆっくりと地面に戻った途端、笑いが込み上げてきた。
「プッ・・あははははは」
尻餅をついて一人で笑っていると、遠くにボウッと光ががある。
ん?何だろう?
「親父ぃ、なんか光ってる〜」
声をかけたけど返事はない。たぶんまだ、記憶の向こうに行ってしまっているんだろう。
離れてしまったから、暗闇の中で親父の姿は、ボンヤリとしたシルエットにしか見えなかった。
まいっか。
ふわんふわんと、1人で光るものに近づいていった。




