本部(16)
外は、砂嵐のせいで真っ暗になっているものの、サークレアが薄っすら発光しているおかげで、赤茶色の砂がものすごい勢いで巻き上がっているのが見える。この様子だと、1m先どころか30cm先も見えないのは間違いない。
一瞬、一瞬で砂の飛ぶ方向が変わり、後ろから前方に吸い込まれるように飛んでいったかと思うと、次の瞬間には前方からこちらに向かって吹き荒れる。
視認できるサイズの小石が不意に目の前に現れると、驚いて咄嗟に避けてしまうけれど、実際には石の方がサークレアを避けていくので当たることはない。
外はこんなに荒れているにも関わらず、サークレアの中は無音だ。ただ、驚くことに、何も聞こえないはずにも関わらず、頭の中ではテレビで観る砂嵐の映像音が、しっかり合成されて、砂がガラスにぶつかる「チッ」という音まで再現されている。これが人体の、脳の不思議とでもいうものなんだろうか。
「初めてのダストストームの感想はどうだ?」
耳元で親父の声が聞こえてギョッとした。
思わずキョロキョロと周りを見回したけど、もちろん親父の姿はない。
「おーい、生きてるか?聞こえてたら返事しろ」
どうやら、こめかみの辺りから聞こえてくる。
「な、なんだよ。どこにいんだよ?」
「とりあえず、サークレアは張れたみたいだな。ストームが通過するまで、このまま少し待っていなさい」
「あと、どんくらい?」
「当面このままだな。消えるまでだ」
「へ?どういう事だよ?おい、親父!」
フフンという含み笑いが聞こえたっきり、親父からの会話は途絶えた。
「おい!返事しろよ!冗談じゃねえよ。旋風程度が一瞬で通り過ぎると思ってたのに!こんなん詐欺じゃねえか!!」
こっちは手ぇ抜いたから、このサークレアは薄いんだ、なんてことは、とてもじゃないけど言えない。でももしここで頼みの綱であるサークレアが壊れてしまったら、俺はズタボロになるかもしれない。いやなる、絶対!
「クッソォォーッ!親父ぃ!返事しろよ!コイツが消えたらどうすんだよ!!」
悔しさのあまり地団駄を踏んだけど、もちろん親父の反応はない。
この野郎!!とばかりにサークレアを殴ろうとしてピタリと動きを止めた。
「ヤッバ。自分で穴を開けちまうとこだった」
穴が開くかどうかはわからないが、今は試す時じゃない。
外はまだ砂嵐が荒れ狂っていて、一向に止む気配はなかった。
「はあぁ〜、どうしよう」
うなだれたまま、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
頭を掻きながらチラリと見ると、ボウッと光っているサークレアの光が、なんとなく弱くなったような気がする。
「やばいやばいやばい。これってやばいやつじゃねえの?」
どうしよう。外は砂嵐だ。どうやって避けたらいい?
頭をフル回転させた結果、
「地面に這いつくばればいいんじゃね?火事の時も、地面に近い方が空気が残ってるっていうし。煙も砂埃も似たようなもんだろ」
という結論に至った。
いそいそと膝をつくと、体を伸ばす。
あり?
なんか海老反りになってる?
・・・そうか!球体であるサークレアに合わせてしか這いつくばれないんだ!!
よくよく考えればわかったはずなのに、気が動転してるとしか思えない。(というより、そう思いたい。)
「と、とりあえず体勢を変えなくちゃな。よっ・・ん?ほっ・・ん?」
やべぇ。動けない。
親父が言ってたのはこれだった。
頭からジャーッと血の気が引いていく。
言葉が出なくなったところで、突然体が宙に浮いた。
ドサッ
「ぎゅぬ!」
いつの間にかサークレアは消えていて、海老反りになっていた俺はそのまま地面に落ちて、望んだ通り這いつくばることになった。
頭上では猛烈な風が吹いていて、いつ飛ばされてもおかしくない。這いつくばれば砂嵐を避けられる?とんでもない!なんでそんなバカなこと考えたんだろうかと、自分の浅はかさを呪った。
全身に砂が覆い被さったかと思えば,飛ばされて丸裸にされる。それでも、ユニフォームを着ているおかげで、体が全然痛くならないのには助かった。着てなかったらボロボロだったはずだ。
ゔ、ゔぇぇぇっ
下を向いているのに、鼻からも口からも砂が入ってきて思わずえずいてしまい、強風に煽られながら、涙目になって声にならない声を出した。
なんで?帽子・・俺の場合はフードだけど・・が守ってくれるはずじゃないのかよ!
と思った時、フードを外したままサークレアの練習してたことを、はたと思い出した。
くっそぉぉ〜!全てが裏目に出てんじゃねぇか!
「うわぁ!?」
下から掬い上げるような風が吹いたかと思うと、一瞬で身体が浮き上がった。
飛ばされる!!!
ギュウッと目を閉じた瞬間、
ドサッ
突然風がピタリと止んで、周りに吹き荒れていた砂塵と共に、バタリと地面に落ちた。
「い、生きて・・る・・・」
ホッとしたのと同時に、ゴホゴホと咳き込んだ。
「うえぇ・・く、口ん中が、ジャリジャリだぁ・・・」
「だから気を抜くなって言っただろう」
見上げると、そこには親父が腕を組んで立っていた。
「お前、手を抜いてただろう?すぐわかるんだよ」
「な、なな、なんだよ!!ちゃんとやったろ!」
「さあ、もう一回だ」
「も・・もう・・休ませて・・・」
「ここで止めたら忘れちゃうから、もう少し頑張れ!」
「か、堪忍しておくれやす・・・」
「ふざけてないで早くやれ!」
しょうがない。ショボショボと立ち上がると、練習を再開した。
口に入った砂をペッペと吐き出しながら、次からは、手を抜かないと心に決めたのだった。




