本部(13)
模擬火星での模擬練習で、タコバージョンもイカバージョンも、模擬地球と同じように8割がた成功するようになった。だけど、ここに至るまではマジで苦労の連続だった。
タコは余裕だったんだ。タコは。
問題はイカだった。
うっかりすると、ダミーはプカリと浮かんでどこかへ行ってしまうからだ。
せっかく模擬地球で練習して、軽いものから自分の体重ぐらいまで、いろんな重さのダミーを作れるようになったのに、単に自分と同じくらいの重さじゃダメだった。
もうやめよう。火星でイカは無理なんだよ。
何度も心が折れそうになった。いつもの俺だったら、間違いなく練習なんて放り出していたな、絶対。
だけど、もう少しで届く「金と名誉」!
くじけない心!健やかな体!
金色に輝くクラーケン様を思い浮かべて、鬼のように練習を繰り返した。そうこうしてるうちに、たまたま重心の位置が重要だと気づいたわけだ。
簡単に重心の位置とか言ってるけど、それを変えるだけでも、泣きたくなるくらいダミーを量産したんだから、俺にしては、めちゃくちゃ頑張ったと思う。
もうちょっとだ、100%近くまで成功できたら、親父がクラーケンが実在する証拠を探してくれるんだ!!
100%目指して練習すべく、ストローを咥えたところで
「そろそろダストストームを体験してみるか」
唐突に親父が言い出した。
「え?」
思わず耳を疑った。
いやいや、何かの聞き間違いだろう、そうに決まってきる。思わず被っていたフードを外して聞き返した。
「ちょ、ちょっとまて。もう一回言ってくれよ」
「ダストストームを体験しようって言ったんだよ」
「なに言っちゃってんの!?」
思わず口があんぐりと開いた。
ここまできて信じられない。成功率100%になったら、クラーケン様をゲットできると思ってたのに。
「嘘だろ!?また環境変えてやんの!?それってさっき言ってた砂嵐のことじゃねえの!?」
親父は「そうだ」と言って頷いた。
まさか砂嵐の中でもできるようになれってことなんか!?こっちは連続で練習してて、もう頭がクタクタだっていうのに。鬼じゃなかろうか。
「なんだよ、マジで勘弁してくれよ。そのストームの中で練習すんのかよ。ぜってぇ無理じゃね?」
ガックリを肩を落とした俺を見て、親父はハハハと声をあげて笑った。
「無理無理!あの嵐の中じゃ、到底無理だよ。そうじゃなくて、サークレアの練習をしようってことだ」
サークレア!?
「え!あのバリア?あれの練習すんの?」
思わず食いついた。自分の目がキラッキラ光るのがわかる。あれなら話は別だ。
「そうだ。やってみたくないか?」
「やる!やるやる!!なんだよ〜。あれを最初に教えてくれよ〜」
親父を肘でグリグリとつついた。
なんたって、あれさえ覚えちゃえば、俺のモットーである「安心・安全第一・安定」のうちの「安心」と「安全第一」がクリアできちゃうじゃん。
これはやるっきゃないでしょ!
「サークレアは数種類あって、どれも基本的に球形をしている」
地面に胡座をかいて並んで座り、いつの間にやら手に入れた棒で、親父は地面に絵を描いている。模擬火星には、砂と岩しかないから、どっかから持ってきたんだろう。
「体全体を球で囲むことで、どの方面からのダメージも防ぐことができるからだ。ただし、サークレアは止まった状態じゃないと作ることができないから、気をつけなくちゃいけない。何だそんなこと、と思うかもしれないが、敵の前で立ち止まるのには、勇気が必要だ。慌てていたら、サークレアは作れないから、まずは落ち着かなきゃいけない」
ん?
思わず眉を寄せた。
親父のヤツ、何だか物騒な事を言ってるな。敵の前で立ち止まるだって?敵は出てこないはずだったけど、またホラ吹いてるのか?
問いただしたい気持ちをグッと抑える。
不穏な臭いはするけど、今はとりあえず、バリアの張り方を教わらないと。ここは、話の腰を折らずに黙って聞くことにした。自分を守れないと困るからな。
そんな事を考えている俺のことはお構いなしに、親父は説明を続けた。
「まずは、基本中の基本、ライトサークレアからだ。普通「サークレア」というと「ライトサークレア」のことを指す。他のサークレアは、状況に合わせて使えたり使えなかったりするけど、ライトサークレアは万能だから、サークレアを使うとしたら、ほぼこれか、これの応用になる。完全防御ができる反面、中に入ったまま攻撃はできない」
「応用・・・そうか。初めて見たサークレアは、円柱みたいだったけど、あれも応用だったってことか」
「そうだ。基本的にサークレアは1人用で、経験上作れたのは最大で直径3m、つまり半径約150cmまでだった」
自分の周りで大きさをイメージしてみた。
「なるほど。直径3mだったら、そこそこの広さがあるよな」
「あくまで、俺が今まで作ったサークレアの中の最大だからな。条件や技術が伴わないと、直径2mがせいぜいってとこだ」
「う・・ん、まあ、2mならいいでしょ」
そう言うと、親父はチッチッチと立てた人差し指を振った。
「甘いな」
「え?だって直径2mでしょ?」
「2mの立方体じゃないぞ。球なんだから、顔の周りは2mなんかあるわけないだろ。少し小ぶりなウィトルウィウス的人体図のイメージだな」
「なにそのウィトルラ人体図って?」
「ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図だ。1人の人間の、直立と手足を広げたポーズが重ねて描いてあって、それを丸と四角で囲った絵だよ。ほら、こんな風になった絵」
親父が手足を広げた棒人間を描いて、丸と四角で囲んだ。
「あ!これ見たことある!」
「だろう。こんな風に、体の周りに光のバリアができるんだよ」
確かに、親父の絵を見ながらイメージを修正すると、狭苦しい感じがする。息苦しかったりするのか?
ムムムと考えていると、親父が俺の肩を叩いた。
「それを補って余りある安全が手に入るんだよ。お前、安全大好きだろう?」
「当たり前じゃん」
俺の返事を聞いた親父は、ニヤリと笑ってすっくと立ち上がると、俺の腕を持って立ちあがらせた。
「よし!じゃあやるか」




