本部(9)
「おい、起きろ!」
んー・・・
「AJ!起きてよー!」
んん〜?いまサイコーに気持ちいいんだけど・・?
「おーい」「おーい」
「むにゃ・・まだ寝たい・・」
「いいから起きろ」
「いい物あるよー!」
・・いい物?・・食べ物?
「・・それ旨いの?」
眠い目をこすりながら座った。
「キャハハ!AJったら寝ぼけてる」
なんだバカヤロー。
「ほら、参考になりそうなもの持ってきたから、機嫌直して一緒にみないか?」
しゃがみ込んだ親父の隣でコロコロ転がりながら、ナノがキャイキャイ笑っている。
「ん?参加になりそうなもの?」
まだ頭がボーッとしてるから、言ってることがよくわからない。
「ハハハ。参加じゃない、参考だよ」
だんだん覚醒してきた俺は、思いっきり手を上に挙げて伸びをした。
あ〜あ。しょうがない、なんだか知んないけど、一緒に見てやるか。
一度寝ると、腹が立ってたことを忘れちゃうんだよな。
正確にいうと、忘れるんじゃなくて、どうでも良くなるだけだ。母さんには、それが俺の良いところだって言われてるけど、本当かなあ?
「なに見りゃいいの?」
と頭を掻きながら訊いた。
「ナノ、頼む」
「はーい」
ナノが目からビームを出すと、目の前の空間に立体映像が映し出されていく。
ああ、プロジェクター・ナノね。もう驚かんわ。
立体映像には、透明に近い半透明に薄茶から焦茶色の模様が入ったスマートなイカが映し出されている。
目の周りが銀色に、胴回りは角度によってメタリックに輝いていて、ヒラヒラと優美に泳いでいる。
「うわあ!イカってすげえ綺麗だなぁ!」
ヒラヒラとしているのはヒレ?ヒレなのかな?
「美しい」っていう言葉がピッタリだ。
目の前に実物がいるようにしか見えなくて、自分が海の中にいると錯覚しそうだ。
すっかり機嫌を良くした俺を見て、親父は満足そうだ。
「イカはタコより種類が多いんだ。最大サイズでもイカの方が大きいんだよ」
「え?あ、そうか!ダイオウイカだ!」
「そうだ。タコはミズダコの9m、イカはダイオウイカの18mっていうのがそれぞれの最大記録だから、サイズの差は圧倒的なんだ。まあ、触腕っていって、餌を取ったりする時に使う器官も伸ばしてから、計測してるんだけどな」
「触腕?そんなのがあんの?」
親父は頷くと、ナノをポンッと押した。
・・ナノって操作ボタンにもなるのか?マルチだな。
それはともかく、目の前では、映し出された美しいイカ様がヒラヒラしている。
ほえ〜綺麗や〜と見惚れていたら、イカ様は突然ビュッと何かを突き出した。
「え?」
と思った次の瞬間には、すべての足を真ん中に集めてモッシャモッシャしている。
「え?えぇー!?なんか食べてる?食べてるよ!?」
親父は頷いて、またナノを押した。今度は長押しだ。すると、映像が巻き戻って、イカ様が優美に泳いでいるシーンになって止まった。
「ほら、ここに小魚がいるだろう。イカの左前方の少し下だ」
親父の言うところをみると、確かに小魚がいる。
「これを捕まえたんだよ。もう一度流すからよく見てろよ」
ゴクリと唾を飲んで凝視していると、優美なイカ様から何かがビュッと飛び出た瞬間に、親父がナノをポンッと叩いて、映像がストップした。
映像の中のイカ様からは、白い足のような物が長く伸びていて、今しも小魚を捕まえようとしている。
現実では、この小魚はとっくに食べられているのに、映像の中ではまだ生きている。なんだか切ない気持ちになった。イカ様の現実離れした美しさのせいで、こんな事を考えたのかもしれない。
「ほとんどのイカは、10本の足のうち2本が長く伸びていて大きいんだ。吸盤も他の足より大きくて、吸着力が強いうえに、吸盤の縁をぐるりと囲んで鋭い爪が付いている。この足を銛みたいに使って、餌を取ってるんだよ。これが触腕だ」
親父は、イカ様から伸びた足を指差した。
漫画で見たイカの化け物は、全ての足を広げて襲いかかってきてたから、触腕なんてものは知らなかった。
「この触腕の長さも様々でね。例えば、ダイオウイカと同じくらいデカい、ダイオウホウズキイカがいる。現在の記録では、ダイオウイカの方が大きいとされているし、認知度も高い。だけど、触腕以外の長さに大きな違いはないんだ。ただ、一般的にダイオウイカの触腕の方が、ダイオウホウズキイカより長いこともあって、最大サイズはダイオウイカとされている。重さとしては、ダイオウホウズキイカの方が、はるかに重いんだけどな」
「へぇ〜。ダイオウホウズキイカなんてのがいるのか」
「じゃあ、次の映像にするぞ」
またまたナノをポンと叩いた。
今度映し出されたのはオレンジがかった、ぶっといイカだ。なんだか気持ちよさそうに漂っている。
「なんかこのイカ、肉厚の燻製イカみたいだな」
と、イカは突然すごいスピードで泳ぎ出すと同時に、墨を吐いた。
「これか!親父はこれを見せたかったのか!」
見た事ないからイメージできないって言ったから、親父なりに考えて、映像を探してきてくれたんだな。
よし、しっかり目に焼き付けなければ。
目の前で繰り広げられる光景に齧り付いた。
ロケットみたいなぶっといイカが、ブワーッと墨を吐きながら通過していく姿は、さながらブルーインパルスみたいで、ある意味気持ちがいい。
見応えあるなぁ。確かに、かなり墨の量がありそうだ。
墨は粘りがあるとはいえ、水入れに絵の具の筆を入れた時のようにモクモクと靄のように広がっていく。
この靄が晴れれば、ダミーが現れるはずだ。
真剣にみていると、イカが作ったブルーならぬブラックインパルスが徐々に晴れてきた。
よしよしよしよし!ダミーだ、ダミー、ダミーを探せ!
目を皿のようにしてくまなく見た。見た、けど。
何やら細長い枝がいくつか漂っているだけで、ダミーの姿はない。
ん?ダミーちゃんは?
「親父、もっかい見してくんね?」
ダミーちゃん、ダミーちゃん!!
目をかっ開いて凝視してたけど、やっぱりダミーは見つけられなかった。
「なあ、墨を吐く時って、ダミーを作るんじゃないのかよ。作る時と作らない時があんの?」
「あれがダミーだよ」
「ええ?どこだよ?木の枝しかないじゃん」
訝しむ俺に親父は繰り返した。
「お前の言っている木の枝が、ダミーだよ」




