本部(7)
「タコとイカでは墨の性質も使い方も全く違う。タコの墨はサラリとしていて、海中ですぐに広がる。だから、煙幕のように敵の視界を遮る効果があるんだ。一方で、イカの墨はネバネバしていて、海中でイカの大きさぐらいの塊になってしばらく散らない。だから、逃げる時のダミーとして敵の目を逸らすんだ」
「ほえ〜。なんでイカ墨パスタがあってタコ墨パスタがないんだろうって思ってたけど、同じ墨でも粘っこさとかが全然違うんだな」
「どっちも主成分はメラニンだよ!サラサラしているぶん、タコ墨の方が味は薄いんだけど、どっちにも旨み成分が入ってて美味しいんだって。ボクは食べた事ないけどね」
こういうことはお手のものだから、ナノがドヤ顔で教えてくれる。成分まで細かく言おうとしたから、慌てて止めた。聞いてもわかんねえよ。
「どっちにもたくさんの栄養素が入ってるけど、イカ墨には粘り成分が多いってことだ。タコ墨も旨いんだろうけど、持っている墨の量がイカとは全然違うから、料理には向かないんだろう」
「イカの方が多いってこと?」
「そりゃそうさ。自分のダミーにするくらいだからな。それに、墨袋も取り出しやすいんだ。タコの墨袋は肝臓に埋もれたみたいになっていて取り出しにくい。タコ墨を集めるのは手が掛かりすぎるんだよ」
「墨の使い方が違うってことは、俺の消え方にもタコパターンとイカパターンがあんのかな?」
「どうだろう?煙幕のようになって隠れるのか、ダミーが出てくるのか、そのあたりのことは、試してみないとわからないな。おそらく、おそらくだが、そのストロー・・じゃなくて武器で息を吹くと、違う世界に隠れる効果があるんだろう。違う世界っていっても、俺たちの姿が見えているわけだから、アタルの周りだけなんだろうな。アタルの頭の中っていうのもあり得る。だから、結果は同じかもしれないけど、過程は変わるかもしれない」
「そんなの初めてだよ!ユニフォームも今まで見たことなかったし、こんな事ってあるんだね」
ナノは興奮してバウンドしている。新しいもの好きだからな〜。
「あんまり聞いたことないけど、アタルの特性は、『消える』とか『隠れる』ってことなのかもしれないな」
なにそれ。バカにしてる?
「『逃げる』かもしれないよ」
なにそれなにそれ。やっぱりバカにしてるよね?
「いや、『逃げる』だけなら、ストローが的を壊せる理由がないな。『逃げる&騙し討ち』ってとこかな?」
「あ!それかもしれないよ!」
なにそれなにそれなにそれ!お前らバカにし過ぎだろ!
「ゴルァ〜!てめえら!さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!しかもメチャクチャバカにしてんじゃねえか!!!」
「プッ、アッハッハッハ」
こっちは真っ赤になってブチ切れてるのに、なぜか親父とナノは大笑いしている。
「何がおかしいんだよ!?」
「アタルらしい特性だな〜と思ってさ」
「本当だね!AJにピッタリ〜」
「な、何だよそれ・・プッ・・フフ・・フアッハッハ」
ダメだ。一度吹き出したら笑いがとまらない。
あ〜あ。俺の負けだ。
ナノは、俺の症状を本部のアーカイブ調べてくると言って行ってしまったから、ストロー片手に俺と親父で練習を始めた。
「なあ。本当に大丈夫かな?」
「何が?」
「俺、ちゃんと戻って来れるのかな?」
不安になってそう言うと、親父は笑い声をあげた。
「アッハッハ!お前、そんなこと心配してるのか。武器とユニフォームがお前を守ってくれるから、両方を身につけている限りは大丈夫だ。ちゃんと戻って来れるよ」
「うん・・・そうだな!なんならあの翁が助けてくれるだろうし」
「よし、始めるぞ。墨を吐くことを意識してやってみよう。まずはタコとイカ、どっちにする?」
「ん〜、タコかな」
「じゃあ、タコが墨を吐くイメージだな。さっき言ったみたいに、タコの墨は煙幕だから、それを意識しながら吹いてみろ」
「おう」
フゥ〜
・・・・・変化なし
「えー!?何で何で??何で無反応なの?」
「う〜ん、ただ墨を吐くイメージじゃダメなのかもな。俺に息を吹きかけた時は、何をイメージしてた?あの時は、墨を吐くなんて思ってもいなかっただろう?」
「え・・あん時?」
言い淀む俺に、
「忘れちゃったか?」
と親父が訊いてきた。
覚えてるよ。でも言いにくいんだよな。
「どうだった?」
「・・・ここから逃げるんだ、ってことしか考えてなかった」
「ブフッ!やっぱお前の特性は、『逃げる』かもしれないな」
そう言ってクククと笑っている。
「だって全身武器になりたくなかったんだから、しょうがねえだろう」
食ってかかった俺を、まあまあと片手で制して
「なら、煙幕を使ってここから逃げるんだ、ってイメージしてみろ」
「おう」
俺はタコ。こいつは敵。ウツボにしとくか。
うわぁ〜、ウツボが来た〜、逃げなくちゃ〜
煙幕で目眩しだ〜〜
フゥ〜〜〜 ふわわわん
何やら白い靄がかかってきた。
「おお!!」
サッ
一瞬で靄は消え去った。
「うわ!バカっ」
「あれ?なんで?」
「うわぁ、惜しかったな。最後まで気を散らしちゃだめなんだよ。もう一回やってみよう」
「おう」
「それにしても、2回目でここまでできたんだから、良いペースだな。やっぱり逃げる事を考えてたのか?」
「ウツボだよ」
「ウツボ?タコじゃないのか?」
親父のことは無視してストローを咥えた。
俺はタコ。こいつはウツボだ。
うわぁ〜、ウツボのやつがまた来た〜、逃げなくちゃ〜
煙幕で目眩しだ〜〜
フゥ〜〜〜 ふわわわん
何やら白い靄がかかってきた。
よおし、このままウツボから逃げきってやる〜〜
「おお!アタル消えたぞ!!」
この重苦しい感じ。
「うおぉぉぉ!やったぜ!成功したんだ!」
思いっきり両手の拳を振り上げてガッツポーズをした。
やった!やった!目の前にはスローモーションの親父がいる。どんなもんだ!ワッハッハ
よ〜し、戻るとするか。
・・・でも待てよ?
親父の話だと、この状態で敵を倒すんだよな。たぶん。
できんのかなぁ?ちょっと試してみるか。
的に近づこうとしたけど、普通には歩きにくい。
ふむ。
ちょっと考えて、泳ぐようにして手でかいてみると、楽に歩くことができた。
的に手が届くところまで近づいて、ストローを振り上げた。周囲が重たいから、ストローを動かすにもゆっくりとした動きになる。
「そりゃ!」
パカン・・サアッ
「ッシャー!!なんだ、こうやって倒せんなら楽勝じゃん!」
危険度がめちゃ下がったことがわかって、思わずニンマリした。
よしよしよし、ここらで戻ることにしよう。




