本部(6)
なんだろう。
ここはどこだ?
逃げようとしたところまでは、覚えてるんだけどな。
全身武器になる前に、無事に逃げきったってことか?
まったく、親父の野郎ときたら、いい加減なこと言いやがって。なにが「全身武器になれば最強」だよ。
それにしても、ここはどこなんだろう。
暑くも寒くもないけど、周りが重い。
まるで水中にいるみたい・・いや、水じゃないな。
なんというか、トロミがある感じ?
・・・!!!
ま、まさか・・もう武器になってる・・とか!?
そんぬぁぁぁ。
せっかく逃げたのに、間に合わなかったのか・・?
・・い・・・・・・か・・・・の・・
なんだろう?
何かが聞こえる気がする。
誰だ?親父か?
なに言ってるのかよくわかんないけど、もうどうでもいいや。
・・い・・・・せんか・・・もの・・
俺はどんな武器になったんだろう。
一体化っていうと、今の俺はタピオカストローなんだろうか?
どうせならレーザー銃とか聖剣とか、カッコいいのがよかったなぁ。
あ。でもそういうカッコいい武器だと、危険なところに連れていかれちゃうな。
そう考えると、タピオカストローでよかったかも。
あ〜あ。このまま全部忘れて寝ちゃおっかな。
どうせ俺はストローだ。
でもさ、どうせ同じストローだったら、可愛子ちゃんの飲むトロピカルジュース用になりたかったな。
「おい!しっかりせんか戯け者!!」
「ヒェ!?」
びっくりしてパッカリと目を開けた。
「あれ?」
目の前に親父達の後ろ姿がある。
何か話しているようだけど、音はよく聞こえない。俺がストローになってるからだろう。
それより何より、親父もナノも、ものすごく動きが遅い。まるでスローモーションだ。
ストローの認知能力ってすげぇな。
「おー・・」
声をかけようとして、言葉を飲み込んだ。
どうせ俺はストローだから、話しかけても聞こえるはずがない。
「なに言っとるんだ!この大戯け!!」
「ヒェェ!?」
知らない誰かに大声で叱られて、縮み上がった。
「え!?だ、だれ!?だれ!?」
キョロキョロと周りを見回したけど、親父とナノ以外の姿は見えない。
「誰でもよかろう。お主、武器にはなっておらぬぞ」
「ほぇ!?ほ、ほんとに!?」
「うむ。まず、その手にある麦稈のような物は、武器にもなるが、この世界に来たるにも使う。この世界に来たれるは、その衣によるものだ。わからぬは使いこなせておらぬが故の事ぞ」
「え、じゃあさ、使いこなせれば武器にならずに済むってこと?」
「カカカ!これはまた珍妙な事を。蛸の墨、烏賊の墨を学ぶがよかろう。何のために墨を吐くのか。気持ちを平らかに、行きたい道へと念ずるがよい。さすれば光が見えてくる」
「今は?今はどうしたらいい?元に戻りたいんだけど」
「もともと消えてなどおらぬ」
「へ?」
「まやかしじゃ」
「まやかし?まやかしって何?」
訊いたけど返事がない。
「ねえ!返事してよ!!ねえ」
呼びかけても、何も返ってくることはなかった。
なんだったんだろう、いまの?
不思議と恐怖は全く感じなかった。
俺の内なる声か?
いや、あの声は爺さんっぽかったし、喋り方も「ザ・翁」って感じだったよな。
それより、さっさと戻って練習しなくちゃまずいぞ。
確か翁は「消えてない」って言ってたな。
「まやかし」とも言ってた。
はて?
「まやかし」ってなんだ?
まやかし?マヤカシ?まや菓子?
「え〜〜〜っ、マヤカシって何だよ〜〜〜」
あ!でも確か、念じろって言ってたぞ。
目をギュムッと閉じて強く念じた。
戻れ戻れ戻れ戻れ戻れー!!
戻って練習しないと、全身武器になっちゃうんだよー!!
戻れーーーーー!!!
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
恐る恐る右目を開いて確認した。
まだ戻ってない。
あちゃ〜〜。全然ダメじゃん。
「だ〜!念じ方なんかわかんねえよ」
溜息をつきながら、その場にしゃがみ込んだ。
「親父ぃ。そっち戻りてえよぉ」
「お!なんだアタル。後ろにいたのか」
「へ?」
顔を上げると、そこには親父とナノの顔があった。
「お前、どうやって後ろに回ったんだ?」
「AJ、一瞬で消えたよね。手品みたいだった」
「・・やった・・やった・・やった!戻ったんだー!!」
飛び上がると親父とナノに抱きついて、おいおいと泣いた。
「ふ〜ん、なるほどな」
車座に座って、これまでの話をした。
「で、ストローは武器にも使えるし、こっちの世界に来るのにも使えるって言ってた。あと、タコとイカが何のために墨を吐くのか学べ、みたいな事も言ってたな」
翁に言われたことを伝えた。
親父は俺の話を聞くと、じっと考え込んだ。
「声の主が誰かは置いといて、こっちの世界っていうのは、言葉どおり、こことは違う世界なのかもしれないな。スローモーションに見えたっていうのも、タキサイキア現象じゃなくて、もしかしたら、その世界の時間軸が違っていて、そこに入り込んだからかもしれない。
「タキサエなんとか現象ってなに?」
「タキサエじゃない。タキサイキア現象だ。スローモーション知覚ともいう。人には感情による時間軸も備わっているんだよ。さしずめ脳の時間軸ってとこだな。大昔はこの感情による時間が中心だったけど、人によってまちまちだから、社会生活を営む上で必須の物として時計ができたんだ。時計のおかげで物理的な時間が中心になって、感情による時間軸は忘れられてしまったけどな」
わかったような、わかんないような。
俺が不思議そうな顔をしてたのか、親父は笑って
「スポーツ選手が「球が止まって見えた」とか「ゆっくり動いて見えた」って言う時があるだろう?」
「あ!「ゾーンに入った」っていうやつ?」
「そうそう。極度の緊張とか、集中とか、恐怖とか、そういったことで知覚が変化するんだよ」
なるほどね。脳みそってやつは、よくできてるな。
感心している俺を他所に、親父は続けた。
「タコとイカは、敵から逃げるためにすみを使うんだ。さっきお前は、俺に向かって息を吹きかけた後、消えた。お前、俺から逃げようとしてたのか?」
「そうだよ。全身武器にされるなんて、たまったもんじゃないからな」
「えぇ〜、そんなことするわけないだろう?」
「いやいや、する気満々だったくせに」
「まあいい。とりあえず、俺から逃げようとして息を吹きかけたんだよな。そうしたら、墨は出なかったけど消えた」
親父は膝を叩くと、
「よし、試してみよう」
と言って立ち上がった。




