通学(5)
「いいか、母さんと朝芽の前では絶対に出てくるなよ」
玄関脇でナノによくよく言い聞かせる。
ナノは「やった、やった」とご機嫌だ。ご機嫌過ぎて、時々ピカッピカッと光っている。
マズいことこの上ない。
「ラジャー!」
返事も軽い!軽すぎる!全く信用できない。
「本っ当に、出てきちゃダメなんだからな!」
ガチャ
「ちょっと、玄関先でなに騒いでんの」
ビビクンッ!?
ドアが開いて顔を出したのは、母さんだった。
「び、び、び、びっくりしたぁ!」
はぁ、心臓が飛び出るかと思った。
ナノは!?
振り向くとちゃんと姿を消している。
「びっくりしたじゃないでしょ。近所迷惑になるから、騒いでないで早く家に入んなさい」
いつのまにか声が大きくなってたみたいだ。
マズいのは俺のほうだった。
自分の部屋に入ると、耳を澄ませた。
大丈夫。母さんは食事の準備を続けている。
受験生の朝芽も、今日は塾だからな。オケオケ。
鞄をラックに置くと
「ナノ」
と声をかけた。
「なにー?」
呑気な声を出してナノがバッチリ現れた。ピカピカだ。
「だー!消えて、消えて!母さんと朝芽がいる時は消えてろよ!」
「2人がいる時?」
あ、ちゃうな。客が来る時もあるから、ここはきっちり話しておかなければ。
「親父と俺だけの時は出てきていいし、喋ってもいい。それ以外は消えてろ。その条件が守れるなら、ここにいていい」
「はーい。でも今は?今はママさんいるよ?」
「俺から話しかけた時は大丈夫だ」
「はい、はーい」
「シーー!!喋る時は小声だからな」
「アイアイサー」
なんだよ、アイアイサーって。
じゃあ、風呂入ってくるから。
制服を脱ぐと、おっさん仕様の三種の神器になった。
風呂に入ってる間に、親父が帰ってきた。
話し声を聞いているうちに、ふと疑問が湧いてきて、髪を洗う手を止めた。
そういえば、親父はいつもどこへ行ってるんだろう?
国家公務員ってことになってるけど、実は金星人なわけで、そうすると、朝から晩までどこにいるんだ?
そうだよ!
そもそも、チョッキリ行ってチョッキリ帰ってくるから、国家公務員って言われても疑問はなかった。
国家公務員だからって、勤務時間がチョッキリチョッキリのはずはないんだっていうことが、今ならわかる。
国家公務員になりたくて、いろいろ調べたからね。
職場や職種によっても違うけど、全国各地への転勤も多いし残業も多い。
俺的には、親父がそういう職場じゃなくて良かったな〜くらいにしか思ってなかったんだ。
駄菓子菓子!もとい。だがしかし!
何とびっくりチョッキリチョッキリの金星人だったわけだ。職場の連絡先だったり、勤務証明書だったり、そういうもんは、どうしてたんだ?
そんな事を考えてたら、母さんの声がした。
「アタルー!いつまでお風呂入ってんのー?」
何だかちょっとのぼせてしまった。
後で訊く・・いや、問い詰めるぞ!
今夜は焼肉スパゲッティだ。
母さんにとっては楽ちんメニューらしいけど、これがうまいんだよね。
カラクリバーガー食ってきたのは、勿の論さで母さんには秘密だ。カラクリ食ってもまだ食えるって、自分で言うのもなんだけど、高校生の食欲すげえよな。
母さんは、とてつもなく重い鋳物ホーロー鍋を収集している。簡単に言うと、鉄製鍋にガラス質のコーティングをした鍋だ。
色違い、サイズ違い、形違いの鍋がキッチンにわんさか積んであって、これまた邪魔くさいけど、この鍋を使うとモチベーションがあがるらしい。
俺が小学生の時に、アウトレットで思い切って買ってから、すごく楽しそうに料理をするようになったから、家族みんながヨシとしている。
浅型の鍋で肉と野菜を炒めて焼肉のタレで濃い目に味付けしたら、茹でたスパゲッティを入れる。味を絡ませるようにして軽く炒めたらできあがり。
母さんお気に入りの鍋は、鍋のままテーブルに出してもオシャレに見えるから、我が家ではテーブルの鍋から自分たちで自由に取り分けるシステムだ。んで、七味や山椒を好みでかける。
「なあ、親父の勤めてる部署ってどこなんだよ。母さんは、職場の連絡先知ってんの?」
「あ?ああ。名刺もあるぞ」
しれっと答えやがって。金星人のくせに。
「後で俺にもくれよ。授業で名刺交換の練習すんだよ」
ウソだけど。
「いいぞ。1枚でいいのか?」
「おう」
本当にくれんだろうな?
「そういえば私も見たことない〜。やっぱ絵となくて、白地に黒なの?」
「そうよ。ザ・名刺、って感じ。だけど、ゴシック体だから堅苦しい感じじゃないよね」
「まあな」
「やっぱ異動すると、デザインとかも変わんの?」
「あんまり変わらないな」
いやギュムノーに異動なんかねえだろ。
ゴンッ
「痛って!!」
テーブルの下で、親父に蹴飛ばされた。
「お、悪い。足が長いから当たっちゃって」
「自分で足長いとか言っちゃってウケる〜」
朝芽は他人事だから笑ってるけど、ぜってぇワザとだろ!!
「そういえば、アタルはハンバーガーでも食べてきたのか?」
ドッキーン!
「え!?そうなの?」
ジュースやドーナツ程度なら怒られないけど、連絡しないでガッツリ食べて帰ると注意される。今日はガッツリ食べたから、事前に連絡しとかなきゃダメだった。
ちゃんと食べるんだから問題ないだろ!と思うけど、予定が狂うんだそうだ。
「いや、あの、小さいヤツ。一番小さいただのハンバーガーだから」
本当はトリプルチーズテリヤキだけど。
「いつも連絡しなさいって言ってるでしょ!」
やべぇ、旗色が悪い。
くっそ〜親父のヤツ!なんで知ってんだよ!
もっと突っ込んで聞いてやろうと思ってたのにっっ
「お兄ちゃんバっカだなぁ。ご馳走さま〜」
食べ終わった朝芽が面白がって、ニヤニヤしながら食器を片付けるために立ち上がって「痛っ」と声をあげた。
「どうした?」
「何かに頭をぶつけたぁ。なに?」
ん?
「え?何もない?あれ?でも確かに何かにぶつかったんだけどなぁ?」
んん!?
「ご、ごごご、ご馳走さま!お、俺、宿題があるから部屋行くわ。集中したいから、ぜってぇ入ってくんなよ」
そう言って部屋に駆け込んだ。
「ナノ!ナノ!ナノ!いるんだろ!?出てこいよ!」
にょろん
「なにー?」
「お前!何やってんだよ!消えてろっつっただろ!」
「えー?消えてたじゃん」
「消えてなかっただろ!?朝芽が気づくとこだったぞ!」
「あ〜。あのさ、もしかして勘違いしてる?ボクは消えるって言っても、いなくなってるわけじゃないんだよ?」
「え?」
「あのね、周囲に同化して見えなくなってるだけ。存在はしてるの」
「・・・・・」
「聞いてる?」
薄々そんな気はしてたんだよな。駅でも薄っすら見えてたし。
「わかった。でも、今日みたいなことがあると困る。人に近づくな」
バタンッ
ナノの返事を聞く前に、部屋のドアが思いっきり開いた。
誰だ!?入ってくるなって言ったのに!!
「アタル!本部行くぞ!」
・・・そこに立っていたのは親父だった。




