通学(4)
「AJはボクのこと好きだったんだね〜」
「おわっ!?」
いつのまにかナノが姿を現し・・てない?
慌ててキョロキョロあたりを見回したけど、ナノはいない。
はて?
そうだよな、まばらだけど人も歩いてるし、こんなとこに出てくるはずないよな。
やべぇ、ナノのこと考えすぎて、幻聴まで聴こえるようになったのかも。
「あ〜!もう!」
「AJどうしたの?怒ってばっかだとストレス溜まるよ」
「が!?」
鼻息を荒げて、最大限にギョロついた。
間違いなくナノの声だ!
アイツは姿を隠せるから、絶対に近くにいるはずだ。絶っ対見つけてやる!
周りに不審者と思われようが、構うもんか。
そうだ、どうせみんな二度と会わないヤツらだ。
たぶんね。
「何してんの」
「貴っ様〜!そこかぁ!!」
「ひゃっ!?」
この野郎とばかりにクワッと振り向くと、そこにいたのは桜田だった。
てっきりナノだと思ってたから、拍子抜けして肩から力が抜けた。
「なんだ、ファミ子か」
「ちょ、ちょっとちょっと、何だじゃないよ!なんか怖いんですけど!」
「悪りぃ、悪りぃ」
頭をぽりぽり掻いてむこうを向いた。
桜田莉亜は、女子からは「ファミー」男子からは「ガウディ」とか「ファミ子」と呼ばれている。
授業でサグラダ・ファミリアが出た時、居眠りしていた山浦が勘違いして「桜田莉亜」と答えて、クラス中が爆笑したというクラスコントから付いたあだ名だ。
「キョロキョロしたり大声出したり、やってる事がただの変態じゃん」
「人聞き悪いな。どこが変態なんだよ」
「ああ、変態じゃなくて不審者か。どっちもたいして変わんないけど」
ムカッ!失礼な。
コイツ、こういうヤツなんだよな。
「だいたい制服着たまんまなんだから、変な行動しないでよね。学校の評判が悪くなるでしょ!めっちゃ怪しかったよ」
「うっせ」
「何その言い方。ムカつくわぁ」
「それより何でここにいんだよ?塾か?」
「そうだけど、なんで知ってんの?」
「へぇ〜。やっぱ外部受けんだ」
「だから、なんで知ってんの?」
「友部に聞いた」
「マジか!友ちゃんお喋りだなぁ〜。行きたい学部が煌星大学に無いからさ、ちょっと頑張ってみようと思って」
「じゃあ何で附属に入ったんだよ」
「う〜ん、中学ん時は特に考えてなかったんだよね。偏差値と通学時間で受けるとこ決めて、受かった中で煌星高校の制服が一番可愛かった、ってだけ」
「なんか余裕だな〜。俺なんか、ここ以外全落ちだったのに」
制服の校章を親指で指しながら言った。
「で、何学部行きたいわけ?」
「教えな〜い」
「なにケチ臭いこと言ってんだよ」
「落ちたら恥ずいじゃん」
「あっそ」
「じゃあね〜」
そう言って、右手をひらひらさせながら、大手学習塾のあるビルの中へ入っていった。
「ねぇ、いまの子なんていうの?」
「あ〜、桜田〜・・・て!?」
振り向くと、うっすらとナノが見えた。
なんだコイツ?オバケか?幽体離脱?
いやいやいやいや、ロボットは化けねぇだろ。
そんなことより!
「お前!やっぱ、いやがったな!!」
「おっきい声出しちゃダメだよ。みんな見てるよ」
「え!?」
周りにはナノが見えていないらしく、全ての視線は俺に集中している。
右手で頭を押さえて「へへっ」と言いながら
「だ〜か〜ら〜、なんで俺にまとわりついてんだよ!」
声を落として、歯を食いしばったまま訊いた。
怒れる腹話術師ってトコだな。
「だ〜か〜ら〜、つまんないんだってば!」
「何がつまんないんだよ!こっちはハラハラし通しで、何にも集中できなかったんだぞ!」
「・・・・・」
コイツ、ダンマリを決め込む気だな。
「おい!黙ってないでなんとか言えよ!!」
「・・・・・」
「おいってば!」
「・・・・・楽しかったんだよ!!」
げっ!声デカいだろ!
「ちょ、ちょっと声を小さく・・・」
「楽しかったんだよ!訊きたいことがいっぱいあって、最初は楽しかったんだよ」
コイツ、俺の話なんか聞いてねぇな。
「ちょっと声を小さくしろって」
これじゃあ俺が一人二役やってるみたいじゃん。
身振り手振りで声を小さくって言ってるのに、ナノは無視して喋り続ける。
「すごく楽しかったんだけど、モグが寝ちゃったらシーンとしちゃって、そしたら、あれ?ここってこんなに静かだったっけ?って思って・・・」
ああ。田舎のばあちゃんが、あんた達が帰ると急に寂しくなるってよく言ってたな。それと同じか。
「ボク独りぼっちには慣れてるんだ。だけど、楽しかったから、AとAJがいて、モグがいて、楽しかったから、前はどうやって遊んでたのかわかんなくなっちゃって。それで、AJのところに行ってみようかなぁって思って・・・」
はあぁ〜
しょうがねぇな。こんなショボンとしてる様子を見たら、これ以上怒れないじゃんか。
「もういいよ」
「え!?」
「あ〜、もういいよ!そのかわり、他の人がいる時は姿消しとけよ」
「わかった!ちゃんと消えとくよ!」
「ほら、帰るぞ」
家に帰ろうと駅の方を振り返ると、周りの視線が集中している。なんならヒソヒソ話まで。
やっべぇ!まんま不審者じゃん!
警察でも呼ばれたらシャレにならない。
「ヤバいヤバい!走るぞ!」
小声でそう言うと、慌ててその場から逃げ出した。




