通学(2)
午後の授業には、全然身が入らなかった。
生物はともかく、世界史探究は意外と好きな方なのに、先生が何を話してたのか全く記憶にない。
パンは食ったっけ?
それすらも覚えてない。
ナノが「ジャジャーン!」なんていって登場したらどうしよう。
そんなことばっかり考えて、気が気じゃなかった。
俺のモットーは「安心・安全第一で、安定した人生を送る」だから、「学校生活」という今の俺の生活基盤を揺るがす事態は、絶対あってはならない由々しき事態なのだ。
たぶん、間違いなくナノは現れないはずだけど、100%大丈夫だとしても、今の俺にはそれを信じる心の余裕はない。
中華丼も食えなかったし。
「おいっ。なにボケっとしてんだよ。学活も終わったぞ」
佐竹に肩を叩かれた。
「あ、ああ」
机には教科書とノートを開いたままだ。
あれからナノは現れてないし声も聞こえない。
でもモグは寝ちゃったって言ってたし、訓練所に戻ったとは思えない。
「何だよお前、板書もしてねぇの?」
寝てたんかよ、と清澤が笑って
「良かったな、まだ板書残ってて。日直に消される前に写メっとけよ。今日はあれしか書いてないからさ」
と教えてくれた。
「そ、そうだな」
慌ててホワイトボードをスマホで写し始めると、
「あ〜腹減ったな〜。帰りにバーガー食いに行かね?カラクリバーガーの割引券持ってんだよ」
「え!いいじゃん。僕、カラクリチーズダブル好きなんだよね」
「アタルは?」
と声をかけられた。
「あ、うん、そうだな、うん、カラクリな」
心ここに在らずなポヤポヤした返事に、清澤と佐竹が首を捻っている。
「お前、昼過ぎからおかしいぞ。具合でも悪いのか?」
「え?へ?あ、大丈夫、大丈夫。超元気」
いや、本当は元気じゃない。
ナノのことが気になってしょうがない。
こんな挙動不審な状態で毎日を過ごすことになったら、みんな離れていくに決まってる。
そんなことになるくらいなら、最初っからコイツらに話しておいた方がいいんじゃないだろうか。
独りでこんなの背負い続けるのは辛い。
話してしまえば、ナノが現れても2人とも知ってるからノープロブレムだし。
おっ!なんかそれいいんじゃね?
でも何て言う?
「俺は金星人なんだ」
「俺は金星の国家公務員になったんだ」
「先祖代々金星人なんだ」
がーーーっ!!!
ダメだダメだ!!
もし俺がコイツらから
「俺は火星人なんだ」
って言われたらどうよ?
間違いなく、引く。引いてしまう。
「わー!ダメだぁ!絶対嫌われるー!!」
ハッ!
気づくと両手を頭に当てて叫んでいた。
まずい。教室に残ってるヤツらの注目の的になってる。
恐る恐る佐竹と清澤を見ると、ふたりの目はまん丸だ。
「・・・アタル、もしかして好きな子でもできたん?」
佐竹がそう言うと、清澤も
「え!ガチで!?誰よ誰?身近?ゲーノー系?」
興味津々丸だ。
「よし!じゃあ今日はアタルの奢りな!俺たちが話し聞いてやるから安心せぃ」
「うぇ〜い。ゴチになりま〜す」
え?へ?え?
「ち、ちやう、ちゃう、好きな子とかそんなんじゃなく・・」
「チャウチャウって犬かよ〜。いいから、恥ずかしがんなって」
「よし、行こうぜ〜」
「えーーー!?勘違いだってぇーー!」
ふたりにズルズル引きずられるようにして、結局カラクリバーガーに向かうことになった。
「で?誰がいいのよ」
お楽しみは店内で、ということで、3人で隅っこの席に陣取った。
周りに聞こえないように、っていう佐竹のいらない配慮だ。
いや、いらなくはないんだよ、本当に好きな子がいての話だったらね。
本当の時だったら有難いんだけど、今回はいらないんだ。
気を遣わせて申し訳ないんだけど、それより今は全力で言い逃れを考えないとマズイ。
「いや、誰がいいってことでは・・・」
「桜田?」「岡本?」「都賀沢?」「田中?」「髙橋?」「武内?」・・以下続く。
「だぁ!片っ端からクラスの女子を言ってんじゃん」
「おっ!じゃあ隣のクラスか?」
「佐々木?」「与沢?」「為末?」「近藤?」
「近藤はA組だよ」
「そっか」
「いやいや、学校の女子とかじゃねぇし」
「およー?なになに、他校なん?」
「じゃあもしかして、名前もわからない憧れの君とか」
「うおぉ!なんかいいじゃん!」
ヤバい。
なんか勝手に盛り上がってる。
「なあなあ、どんな子なんだよ。やっぱ可愛いの?」
「優しくされちゃったとか?」
「見た目は?目はパッチリしてんの?」
「何言ってんだよ。クールビューティーは、やっぱ一重だろう。昔っから日本の美人は一重なんだよ」
「顔はともかく、優しいのが一番だよな」
「僕は気遣いできる子がいいな〜」
ヤバい。
ふたりの妄想が膨らんどる。
「で?どんな子なんだよ」
ヤバい。
ふたりの目がキラッキラしとる。
これ以上追及される前に、何か言わなくては。
「えーっと、好きって言うか、気になるっていうか・・」
嘘はいつかバレる。
のらりくらりとかわせるはずもなく、覚悟を決めて話し出した。
「なあ、アタル大丈夫かな?」
「うん・・心配だよな」
佐竹と清澤は、駅で別れたアタルを振り返った。
「何とかしないとな」




