通学(1)
結局、中華丼は食えなかった。
親父にまた騙された。
「あれ?中華丼は?」
テーブルの上にあるのは、シリアルと牛乳だ。
「あれ?」
銀色のデカいスプーンを手に取った。
「レンゲは?」
「アンタ何言ってんの?」
シリアルを入れる白い陶器のボウルを母さんから手渡された。
「え?」
「お兄ちゃん、さっさと食べないと遅刻するよ〜」
さっきまで口から牛乳こぼしそうだった朝芽が、シリアルの袋をこっちに押しやってきた。
「え?」
親父はそっぽを向いている。
「親父?中華丼は?」
「なに言ってるんだ?せっかく母さんが用意してくれたんだから、しっかり食べなさい」
そう言いながら、親父は母さんと朝芽から見えない位置で、両手を合わせて謝るポーズをしている。
チックショー!!騙したな〜〜!!!
そうだよ!
よく考えたら、時間が止まったのは朝だったじゃん!
母さんが朝から中華丼作ってくれるわけないし、学校行かずに中華丼食べに行くなんてあり得ない!
くっそーーー!!
「あら。それ嫌味?」
母さんが親父に向かって言った。
「えっ!?そんなつもりはないよ」
「だってシリアルと牛乳しか用意してないわよ」
「い、いや、ほら、買ってくる手間もあるからさ」
親父が慌てている。
ふん!鼻の穴広げやがって。
ざまあみそばせカッパの屁!
「あ〜・・あ〜・・・中華丼の口だったのに・・・」
結局、腹一杯シリアルを食ってしまった。
おかわりまでしてしまった。
「中華丼だったのに・・・」
ドンッ
「くはぁっ!」
ポケットに手を突っ込んで猫背で歩いていたら、思いっきり後ろからど突かれた。
「はよっ!」
「痛ってぇな〜。お前なぁ、口からシリアル出ちゃうだろ」
「やだ、汚いな〜」
クラスメイトの桜田だ。同じ電車に乗ってたんだな。
「朝はシリアルなんだ?」
「まあな。本当は中華丼のはずだったんだけどな」
なんだそりゃ?と言った後、前を歩く友達を見つけたらしく、じゃあねと小走りで行ってしまった。
入れ替わるように、向こうから片手を挙げて清澤が寄ってきた。
「おぅ。宿題やった?写さしてくんね?」
「あ!やっべぇ!やってねぇや!」
やばい、数Aのプリントやんなきゃだった!
「なんだぁ、お前もやってないか。なら佐竹に写さしてもらおうぜ」
「そうだな、アイツなら絶テーやってんだろ」
うちの学校では、高3に宿題は出ない。だけど、授業中あまりにもうるさ過ぎたもんだから、ひでちゃん先生に宿題プリントを配られてしまった。
でもな〜。宿題どころじゃなかったからな〜。
横で清澤が推しの話をしている。
あ〜あ、コイツに「俺、実は金星人なんだ」なんて言ったら、どんな顔するんかな。
校門からゾロゾロと校舎に吸い込まれていく。
空から見たら、アリの巣みたいなのかもしれないな、なんて思った。
昼休みに学食でパンを買って、佐竹と清澤が弁当を食っている教室に戻ろうとした時、
「それ、美味しいの?」
と耳元で訊かれた。
「ん?ああ、こっちは食いごたえがあるってだけで普通だけど、こっちはクッキー生地が被さってて美味いんだよ」
とごく自然に答えた。けど・・
あれ?
この声、誰だっけ?
聞いたことあるけど・・学校でだっけ?
ん?どこでだっけ?
にょろん
「げげーっ!?」
慌てて自分の口を押さえた。
すぐ横に姿を現したのはナノだった。
「おっ・・・
はっ!気づかれたらたらやばい!!
慌てて声のトーンを落とした。
・・まえ、ここで何してんだよ!?」
「なにって、AJの様子を見にきたんだよ」
「シー!シー!もっと小さい声で喋れよ!みんなにバレるだろ!」
「みんなって?」
「学校のヤツらだよ!決まってんだろ!!」
ぬっ
「あれ?」
ナノが突然消えた。
「なに独りで騒いでんの?」
「淋し〜。佐竹達呼んでこよっか?」
声をかけてきたのは桜田と田中だった。
「な、なんでもねぇよ!お、お、お、お前らこそ何してんだよ」
「何ってジュース買いに行っただけなんだけど?」
ほら!と言って、2人はペットボトルを見せてきた。
ナノのこと気づいてない。良かった〜〜!
「なにニヤニヤしてんのよ」
「変なの〜」
「いや、違っ・・」
否定する間も無く、2人はキャハキャハ笑いながら教室の方へ行ってしまった。
にょろん
「AJ笑われちゃったね」
「誰のせいだと思ってんだよ!なんでここにいるんだ!モグと遊んでんじゃねぇの!?」
「遊ぶなんて失礼な!地龍なんて、しかも幼獣なんて出逢うチャンスないんだから、いろいろ知りたいに決まってるでしょ!」
「で?もう話は終わったのかよ」
「寝ちゃったんだよ」
「へ?」
「なんか、喋ってたら急に静かになったんだよ。あれ?と思ったら、もう寝てた」
「そっか。まだ赤ちゃんだからな〜。でも少し待ってれば起きんじゃねぇの?」
ううん。ナノは頭をふるふると振った。
「地龍の幼獣は、一度寝ると1ヶ月は起きないんだよ」
「え!?マジで!?・・あっ、ヤバッ」
やばいやばい。びっくりして大きな声を出してしまった。
キョロキョロと周囲を伺う。
幸いにも近くには誰もいなかった。
「とにかく、俺はまだ帰れないの!親父のとこにでも行っててくれ。あ、訓練所がいいんじゃね?あそこ片付けなくちゃだろ?」
「あそこはもう使えないよ。そもそも、ボクには片付けなんてムリだし」
「とりあえず、どっか行ってろよ」
「やーだ!ここにいるもん」
「なっ・・」
ガヤガヤと人の気配が近づいてくる。
まずいまずいまずいまずい!
「とにかく!誰かに見られたらヤバいんだから、どっか行けよ!!」
そう言って俺は教室に向かって走り出した。




