藍善さん(4)
・・・というわけさ。」
話し終えた親父はぐったりして見えた。
藍善さんを目の前で亡くした時のことを、思い出しているんだろう。一気に老け込んだ気がする。
「その後は探さなかったの?」
「探したさ!」
俺の質問に親父は即答した。
愚問だったな。
訊いたことを後悔した。
「探したさ。当たり前じゃないか。何度も、何度も同じところを回って・・」
ハアァ・・・
親父は眉間に皺を寄せて、両手で頭を抱えると辛そうに溜息をついた。こんなに憔悴した親父を見るのは、はじめてかもしれない。
「藍善さんは完璧だった。完璧だよ、完璧!仕事も美しかったし、無駄がなくスマートだった。どんな任務だろうと一切手を抜かなかった。あらゆる計算をして、あらゆる可能性を予測して、あらゆる対処法を考え抜いていたから、どんな事態が起こっても、藍善さんがいれば万全だった。細部まで綿密な計画を立てていた藍善さんが、計算をしつくして全てを予測通りに進めていた藍善さんが、何があっても死なないだろうと思っていた藍善さんが、目の前で・・・消えたんだ」
そのままジッとしていたけど、少しすると、落ち着いたのか頭を抱えていた手を離して、腿の上にのせた。
「衝突させたほうの月は、ズブズブともう一方に溶け込むようにして、ベッタリと張り付いていったよ。ドロドロのマグマが真っ赤だった。あの光景は忘れられない」
親父は文字通り遠い目をしていた。
今親父が見ているのは、その時の記憶だろう。
こっちの世界に意識が帰ってくるまで、話しかけたらいけない気がした。
「名前を叫びながら、宇宙空間もくまなく探したよ。マグマのようになった月の表面に降り立つことはできなかったが、そこにもギリギリまで近づいて生体反応を確認した。それでも・・・見つからなかったんだ」
不意に親父がこっちを向いた。
「ギュムノーが任務中に亡くなったのは、長い長い過去に遡っても3人だけだ。金星人は犠牲を嫌う。過去の2人については不明だが、少なくとも藍善さんに関しては、いま話したとおりだ。ユニフォームを着ていても万全じゃない。自分たちの身を守る、そのためにサークレアがあるんだ。藍善さんは、自分の身を守ることを後回しにするほど、宝珠を大切にしていた。だから、命を落とすことになった。お前なら大丈夫だ」
「ん?」
「お前には自分の命より大切なものはないだろう?そもそも、身を賭して何かをする気概はないから、大丈夫だ」
「んん?」
なんだろう。バカにされてる気がする。
「もしかしてバカにしてる?」
「バカになんかしてないさ。そんなわけないだろう」
親父はおどけて見せたけど、目には悲しみが残っていた。
「藍善さんのこと、好きだったんだね」
「好き?・・・好き、というより尊敬と憧れ・・かな。ただの口うるさい爺さんなんだよ。古臭いことばっかり言って面倒臭いけど、特別な人だった。俺にとっても、長老や他のギュムノーにとっても」
そんな人に巡り会えて、親父は幸せだな。
俺もいつか尊敬できる人に出逢えるんだろうか。
「なあ、他のギュムノーって、どんな人たちなん?」
ふと気になって訊いてみた。
何人かいるはずの彼らは、いったい何をしてるんだろうか。
「あいつらか。そうだ、どこかであいつらの話もしないとな。だけど、まずは訓練して体裁を整えてからだ。特に新人に厳しくしそうなヤツがいるからな」
「みんな日本人なん?」
「いや、金星人だ」
「いや、だから・・」
「まず、地球人としての国籍はあっても、ギュムノーには関係ない。国で縛ると、もともとは地球と金星のための任務なのに、自国の利益を考えて働くようなことをしかねないからな。だから国籍を問うのは厳禁だ」
「じゃあ言葉が通じないかもじゃん」
「そこは問題ない。ギュムノーになった時点で、長老の心臓と脳を取り込んだだろう?」
そうだ!!
ジジイの心臓だとかいう、キラキラ光る金色の球をヘソから入れたんだった。おまけに、ジジイのヤツが勝手に脳みそまで入れやがったんだ!
「やなこと思い出しちまったじゃんか!」
「まあ、そう言うな。そのおかげで、ギュムノー同士であれば、例えば相手がイタリア語で話しかけてきたとしても、お前には日本語に聞こえる。逆にお前の日本語も、相手にはイタリア語で聞こえるんだ」
「ふうん。便利だな」
言葉には結束を強める力もあるけど、他を排除する力もある。地球人全員にそんな機能があったら、言葉の壁なんかなくなって、いろんな国の人ともっと仲良くなれるのかもしれない。
「じゃあ、学校から帰ってきたら、本部に行くぞ」
「え!?訓練してからなんじゃねぇの?」
驚いて、思わず背筋が伸びた。
「だから、訓練しにだよ。訓練所は地龍にやられちゃったからな。本部の訓練施設を使おう」
「え〜〜〜、ちょっとは休ませてくれよ〜〜」
「ナノがお前の情報を本部に送ってくれてるから、最適な武器や防具が用意されてるはずだ。それを着けて本格的な訓練を始めるぞ。本部に併設されている訓練所は、どんな環境でも再現できるから面白いぞ」
「なんでそんなに焦ってんだよ〜〜」
「時間がないって言っただろ。任務が目白押しなんだ、たまには休ませてやるから、少しは親の言うことをきけ」
ハイ、この話は終わり!と、親父は手を叩いて立ち上がった。
「着替えてこい。時間を動かすぞ」
ハアァァァァ・・
俺には溜息しか出なかった。
そういえば、俺の中華丼はどうなったんだろう。




