なんで俺?(2)
「はあぁ?何言っちゃってんの?」
そう言って思わずムハハハハと笑ってしまった。
ひとしきり笑ってから親父を見たけど、全く笑っていなかった。
「何だよ。そんな冗談言うために呼んだのかよ」
「信じられないよな。父さんも昔は信じられなかった」
親父、頭おかしくなっちゃったのか?
「なあ、大丈夫?疲れてんなら、少し仕事休めば?」
違う意味で安定した人生が揺らいできた。
親父は国家公務員だ。詳しい仕事内容はわかんないけど、公務員だけに安定している。給料は安いけどね。
安定した人生を目指している俺としては、ガツガツ働いて金を稼ぐより、安くても安定した収入を得たい。そこで考えたのが公務員だった。
本当は、嫌な思いをせず適当に働いて、ある程度の安定した収入を得るというのが理想だけど、世の中そう甘くはないからな。
公務員になりたいっていっても、警察や消防は論外だ。単純に怖い。それだけ。俺は超絶ビビリーなのだ。
「犯人確保!」とか「いま助けるぞ!」なんて、めちゃくちゃカッコいい。そりゃあドラマになるくらいだもんな。人を助けるとか、守るとか、誰でも憧れるよ。
でも自分にできるか?っていうと・・・
絶っっ対無理!
死んでも無理!
想像するだけで、トイレに行きたくなる。
なので、最初から候補に入れてない。
市役所の職員も無理。
友達の親が、俺の住んでる八七井市の職員だから、それとなく訊いてみた。
八七井市は、他市に比べて無理難題や苦情ばかりを言ってくる市民が多いそうだ。しかも、断るとすぐ議員に告げ口する。分別のある議員は、市民を諭すこともあるようだけど、市民の方が無理難題を言ってるとわかったうえで、ゴリ押ししてくる議員がたくさんいるらしい。
給料も他の市より低いし、こんな市に就職するなって、いつも言われてるんだと教えてくれた。
というわけで、市役所職員にもならないと決めている。
八七井市に限ってなのかもしれないけど、もし他の市も同じようだったら、精神衛生上よろしくない。
そうなると、将来は都道府県の職員か、国家公務員かなぁ、と漠然と思っていた。
そんな俺のなりたい職業である国家公務員の親父が、ご乱心召された。
世が世なら「殿、ご乱心!」というところだ。
「明日仕事休んで、医者行ってきなよ。とりあえず、少し寝てれば?」
そういうと、親父はブンブンと頭を振った。
「違う!本当のことなんだ。信じられないかもしれないだろうが、紛れもない事実だ」
そう言うと、親父はすっくと立ち上がって
「ちょっと来い」
とリビングを出て親父達の寝室に入っていった。
何なんだよ、本当に。
文句を言いたい衝動に駆られたけど、刺激しちゃダメだと頭のどこかで警報が鳴っている。
とりあえず、言う通りにしよう。
「見てみろ」
親父に促されて部屋に入ると、体をくの字に曲げた母さんが、タンスに洗濯物をしまうところだった。
「なんだ母さんいるやん。母さん、親父が変なこと言ってんだよ」
母さんは体をくの字に曲げたままピクリとも動かない。
あれ?
「母さん?ねえ、母さん」
揺すってみたけど、瞬きすらしない。
「母さん!母さん!!」
いくら揺すっても無反応だ。おまけに、強く揺すってるのに倒れもしない。
「親父!母さんがおかしい!救急車呼んで!!」
振り向いてそう叫んだけど、親父は慌てる様子もなく
「大丈夫だ。時が止まってるだけだ」
と言った。
自分の目で見たから、信じないわけにはいかない。
でもまだ信じられない。
「ちょっといい?」
と言って親父の頬っぺたを思いっきりつねりあげた。
「痛い痛い痛い!!」
あっさり手で振り払われたけど、痛がってるから夢じゃないようだ。
「まったく!何するんだ!」
「いや、本当かな、と思って」
「自分の顔をつねればいいだろう」
「そしたら痛いじゃん」
「俺が痛いのはいいのか!」
不毛な会話をしながらリビングに戻った。
崩れるようにしてビーズクッション座ると、親父がポツリポツリと話し始めた。
「お前が18歳になったから、伝えなくちゃいけないんだ。俺たちは、金星人の末裔なんだよ」
「俺達家族全員が金星人ってこと?」
親父は力無くフルフルと頭を振った。
「金星人の血筋は父さんだけで、母さんは違う。だから、母さんは時間が止まってるだろう?」
ちょっと意味がわからないけど、とりあえずスルーすることにした。既読スルーならぬ既聞スルーだ。
「母さんは違うけど、俺と朝芽は父さんの血を引いてるから、金星人ってことなの?」
「金星人の血筋だけど、金星人として発現する者としない者がいる。金星人には、体に印があるんだよ。朝芽には無い。お前にも印が無かった・・・いや、無いはずだった。印に気づかなかったから、金星人じゃないと思って安心してたんだけど、1週間前に印があることがわかったんだ」
「印ってなんだよ」
なんか色々とどうでもよくなってきた。現実味ないし。
「星型の何かだ。」
「何その星型の何かって」
「手相や、アザ、ホクロ、シワ、体毛。とにかく何でもだ」
自分の体を見回してみたけど、星型のものは見当たらない。流石に体の後ろ側は見えないけど、子どもの頃に親父が探しているはずだ。
「俺のどこに星型があるんだよ」
「左足の甲と足の裏の境目くらいのところだ」
ガバッと座り直して、親父の言ったところを見た。赤紫色の小さいシミ?ホクロ?があるだけだ。
「これのこと?」
親父はコックリと頷いた。
「確かに星型っぽくは見えるけど、でも絶対星型だなんてわかんないじゃん!」
そう言う俺に、親父は何枚かの虫眼鏡を持ってくると、それを使って星型っぽい何かを大きく拡大した。
たぶん何十倍にも拡大したであろうそれは、確かに星型に見えなくもない。なくもない。
「俺が見た中でも最小だ。すまん!こんな小さな星型があるとは思わなかったんだ」
そう言って親父は頭を下げた。
「何だよ・・・何なんだよいったい」
そこでハッ!とした。
「なになに?金星人になったら何かあんの?金星に帰んなきゃいけないとか?」
そうだよ!何のためのカミングアウトなのか。
絶対に何かあるはずだ。
「俺の仕事を継がなくちゃいけない」
「え?親父の仕事って、国家公務員だろ?」
「そうだ。金星のな」
「へ?」
「金星の国家公務員だ。俺たちの仕事は世襲制なんだよ」