藍善さん(1)
ヒュンッ
「ぐへぇ〜、もうクタクタだよ〜〜」
やっと訓練所・・もう使えそうもないけど・・から戻ってくると、俺は廊下にバッタリと倒れ込んだ。
やっぱ地球の引力には抗えない。
顔をくっつけた廊下が、ひんやりしてガチ最高!
引力に身を委ねるって、何て気持ちいいんだろう。
はあぁ〜、もう疲労困憊だ。
ただ不思議なことに、体は全く疲れていない。何故かわからないけど、時が止まってるはずの時間は、ものすごく体力を使えるし、眠くもならない。しかも、ケガをしても回復がすごく早くて、まるで回復薬を浴びながら動き回ってるみたいだ。
残念なことに、頭と心の方は回復しないんだけどね。
現在は頭と心がクタクタというわけ。
親父は寝っ転がった俺を避けながらリビングに行くと、ソファに座り込んだ。
あれから一言もしゃべらない。
「親父、どうしたんだよ」
ホージュー?ホージュ?に思い当たる節があったのか、親父はその場に突っ立って、じっと考え込んだままだ。
「もう帰ろうぜ〜。俺、疲れちゃったよ」
「ん?ああ。行くか」
そう言ったっきり、また黙り込んだ。
「AJ、カッポン脱げたんだね」
!!!
カッポン!忘れてた!!
ナノに言われて急いで足下を見ると、そこには5本の指がついた見慣れた自分の足があった。
指を動かしてみる。まず右足、次は左足。
動く!動かせる!!
裏は?足の裏の吸盤は?
左右の足の裏を交互に見た。
「ふわわわゎ〜〜。よ、良かったぁ〜〜」
理由は全くわかんないけど、元の足に戻ってる!
安堵のあまり手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
はっ!
手!!手は!?
慌てて顔から手を離して指を見た。
「良かっ、良かった・・・」
そうだよ、あんなカッポン着けたまま、家になんか帰れない。ましてや、学校に行くなんて絶対無理だ。
「お、親父ぃ・・あ、足が元に戻ってる・・・」
嬉しくて泣き笑いになって親父に報告した。
のに、シカト。
「親父っ!聞いてんのかよ!!」
「ん?ああ、聞いてる聞いてる。すごいじゃないか」
こっちをチラリとも見ることなく、トンチンカンな返事が返ってきた。
「・・ったく。何が気になってんだよ」
「・・・いや・・・」
はぁ〜。心ここに在らずだ。
とりあえず放っとくことにするか。
こちとらタコ化が止まって、さらに元に戻って超ご機嫌だぜ!
「ほら、もう帰るぞ!ナノはどうするんだ?」
「ボクはもう少しここにいて、モグに話を訊いてみたい」
ナノはバウンドしながらそう言った。
「質問しても、イエスかノーでしか返事できないよ」
「大丈夫!2択の質問しかしないから」
なら平気だな。
こくんと頷くと、ナノとモグに「またな」と言った。
「まったね〜」
「あのねー、今度また美味しいの食べたいのー。ママにもあげたいのー。ダメー?」
「わかった、わかった。いっぱい持ってきてやるよ」
買うのは親父だけどな。ケケケ。
「さ、帰ろうぜ」
そう言って親父の腕を引っ張ると、リングを使って家に戻ったというわけだ。
リビングでソファに座ってる親父の向かい側に座った。といっても俺はビーズクッションだけど。
「なぁ、どうしたんだよ。さっきから変だよ?」
もう少し廊下で最高気分を貪りたかったけど、親父の様子が気になるからな。俺ってば、めちゃ親想いかも。
辛抱強く待っていると、親父はやっと口を開いた。
「宝珠のことを考えてたんだ」
「ホージュ?モグが言ってたやつ?ホージュって何?」
「そうか、知らないから変な呼び方してたんだな。「宝」に真珠の「珠」って書いて「宝珠」だ。宝玉って聞いたことないか?」
「ある!宝玉ならゲームに出てきたから知ってる。宝の玉だろ?」
「ああ。宝珠も宝の玉には違いないんだけど、願いを叶えてくれるって言われる玉なんだよ。ちょっと尖った部分がある丸い玉、ってとこかな。藍善さんは小さな宝珠を持っていてね、友にもらった「欠片」だって言ってたっけ」
「ふうん。その「友」っていうのがモグのパパってことか。すっげえデカかったな。親父が言ってたよりデカかったんじゃないの?」
「かもな〜。あんなのに暴れられたらアウトだったよ。だけど雄があんなに冷静だとは思わなかったな。モグの前では言えなかったけど、本当は、お前が舌を掴んだ瞬間に、痺れ玉を突っ込むか、地龍の命の奪うことになる危険を承知で、麻酔弾を使うつもりだったんだ」
「え!?マジで!?」
「ああ・・・噴火だけは、何としても避けなくちゃいけないからな・・・。モグはお前に懐いてるし、怨まれるのは俺だけでいい。お前にそんな役割はさせられないよ」
「・・・・・」
親父はそこまで考えてたのか。
「雄があれだけ冷静だってわかってたら、別の方法を考えるか、お前が言ってたみたいに、さっさと帰ってきても良かったな」
「だっから帰ろうっていったじゃん」
「それはあくまでも結果論だからな。あん時は、雄が暴れない保証はなかったんだから、しょうがないだろ」
「で、何の話ししてたんだっけ?」
「宝珠だったな。藍善さんは宝珠を持っていて、そいつは時々光ってたんだ。どうして光るのか訊いても教えてくれなかったんだけど、もしかしたら地龍と何らかの意思疎通をしてたのかもしれない」
「でもさ、モグパパは死んだフリしてるのかも、って言ってたくらいだから、意思疎通まではできないんじゃね?」
「そりゃそうか」
「てか、藍善さんって死んだんだろ?墓に入ってんじゃねぇの?」
「・・・・・」
あり?なんで黙っちゃったの?
「それが・・・行方不明なんだ」
「行方不明???」
思わず目を見開いた。
「ああ・・」
「え、じゃあなんで死んだなんて言ってんの?」
「いや、亡くなってるんだよ。そう、助かりっこないんだから」
まさか。
「あの状況で、助かってるはずはないんだ」
まさかまさか。
「だから父さんは、亡くなったって言ってるんだ。祖父さんが随分前に失踪宣告を出してるしな。失踪宣告を出すと、戸籍上は亡くなったことになるんだよ。本当は、普通失踪じゃないから、7年待つ必要はなかったんだけど、そんなこと祖父さんは知らないからな」
まさかまさかまさか。
「・・普通失踪じゃないって?」
思わずうわずった声が出た。心臓がバクバクしている。
「失踪宣告には2種類あるんだよ。「普通失踪」の場合は、7年間生死不明だったら失踪宣告が出せる。もう一つは「危難失踪」で、死亡の原因になるような、生命を脅かす危機的状況に遭遇した時に、その状況が去った後も1年間生死がわからない時に出せるんだ」
ドクンッ
心臓が波打った。
この仕事で死んだんだ。
この仕事してると死ぬんだ。
「うわぁぁぁ!やっぱ危険なんじゃん!調子良い事ばっか言って、結局はジジイとグルになって俺を騙くらかしたんだ!俺はもうすぐ死ぬんだ!来年には失踪宣告だあぁぁー!!」
混乱して叫びながらテーブルに突っ伏すと、親父は慌てふためいた。
「違う違う、落ち着けって!本当に大丈夫なんだよ!絶対死なないから!!」
「藍善さんだって死んだじゃん!さっき助かりっこないって言ったじゃん!俺もそんな目に遭うんだ!」
「誤解だって!毎回、長老と綿密な計画を立ててるんだ。いくつかのパターンも用意してね。過程はどうでもいいけど、失敗も、結果を変えることも、絶対に許されないからな。あの時の藍善さんは、予定外の事をしたから巻き込まれたんだよ」
「じゃあ何の時で、何したんだよ!」
「・・・・・」
「何で言わねえんだよ!やっぱ言えねえんじゃねぇのか!?」
「ハァァ・・」
親父は長いため息をつくと、諦めたように言った。
「月を形成するときだよ」




