地龍(20)
「ちょっと。起きてるんでしょ」
声をかけられて目をギュッとつぶった。
無視。なぜなら怖いから。
「ちょっと。私の言葉もわかってるんでしょ?」
「わかりません!」
「わかってんじゃない」
思わず口を押さえた。
ヤバ!咄嗟に返事しちった!
「アタル?地龍と話してるのか?」
親父が訊いてきたけど無視した。
親父!!頼むから空気読んでくれ!!
「・・・あなた以外は、私の言葉はわからないみたいね」
「はい!そうです!」
「そんなに緊張しなくていいわよ。ベイビーを傷つけないんだったら何もしないから」
ホッ。だったら安心か。
「良かった〜〜。マジでヤられるかと思った」
イテテと言いながら、親父に手助けしてもらってなんとか体を起こした。
「しょうがないじゃない。あなた達がベイビーを泣かせたからよ」
「いや、だってさ、モグが自分は80歳だって言うから、わかるわけないって言ったら泣いちゃったんだよ」
「モグ?」
「はーい!ボクのことなのー。AJが考えてくれたお名前のー」
「名前?」
「ベイビーちゃんは、ママが呼ぶ特別な名前だからってー。それでね、みんなはモグって呼んでくれるのー。ねぇママ、ベイビーちゃんは特別?ボクは特別のー?」
「そうよ。ベイビーちゃんはママの特別なの」
わーい、と言ってまたモグが甘えている。
「で?何で泣いちゃったの?」
「ボク、80歳だよねー?AJがそんなわけないって言うから、ママは嘘つかないーって、エーンってしちゃったのー」
「フ、フフフ・・フフフ・・アーッハッハッハハハハ」
モグママは突然笑い出した。
ビュォォォォーーー
モグママが大笑いすると、その勢いで強風が吹きあれた。突然の突風に、俺はひっくり返りそうになって片肘をつき、親父は足を踏ん張って耐えた。可哀想なナノは、「ヒェェェェーーー」という悲鳴を残して飛ばされてしまった。
「な、何がおかしいんだよぉ」
「そりゃあ、人間からしたら信じられないわよね。こんなに赤ちゃんなんだもの。でも、80歳っていうのは本当よ」
「ええぇー!?」
「ママは、なんて言ってるんだ?なに笑ってる?」
そう訊いてきた親父に
「モグは本当に80歳なんだって!」
と言った。
「さもありなん」
「へ?」
「いや、地龍は長生きだから、80歳でも幼獣ってことはありえるんだよ」
「えー!そういうことは、早くいってよぉ」
「いやいや、ちゃんと言おうとしたぞ!」
「いや、だからさぁ・・」
ゴホン!
モグママが咳払いした。地龍も咳払いなんてするんだな。
「あなた達は知らないだろうけど、私たちは微弱な引力とか電波とか磁力とか、他にも人間も知らないような様々な外的要因から、人間でいう1年を測定することなんて容易いのよ。月や惑星の位置で、引力も変わるでしょう?わからないかもしれないけど、火星や木星の引力も感じることができるの。だから、80歳っていうのは本当よ」
「えっ!じゃあ80歳って本当なのか・・・なんだ、モグに悪いことしちゃったな。ごめんな、モグ」
「ねー!本当でしょー」
そう言ったモグは、すごく嬉しそうだった。
「でもさ、80歳でまだ赤ちゃんなら、地龍の寿命ってどんくらいなの?」
「そうね、私は387歳だけど、夫は1000歳は超えてるわね。他の地龍は知らないわ」
「ええぇぇぇ!?そんなに長生きなの!?」
「なんだ?なんて言ってる?」
いちいち面倒くさいと思ったけど、俺しかわかんないんだからしょうがない。通訳が仕事だったら大変だなぁ。
「モグママは38・・あり?」
「387よ!」
「あ、すんません。387歳で、パパは1000歳超えてるってさ」
「1000歳超え・・・じゃあモグのパパが藍善さんの友達、っていう可能性もあるかもな」
「藍善・・・聞いたことあるわ。ふむ」
そう言って、突然音にならない音が響き渡った。
キイイイィィィィィィィィィィィィィィィ
「うわぁ!!!」
物凄い圧迫感と不快感だ。
ガラガラガラ
突然地面が大きく隆起して、漆黒に輝く丸いドームと周りを囲む黒鋼が現れた。
「な、な、な、なに!?な、なんなの!?ねえ!」
動揺する俺とは対照的に、親父はポカンとしている。
「・・・雄・・・だ・・・」
「えーーーー!!オ、オス、オスオス、オスって?えー!?結局パパ来ちゃったの!?」
しまった!すでにモグママはパパを呼んでたのか!
誤解が解けただけで安心してたけど、パパが安全確認しに来るかもしれないってことを忘れてた。来なくていいってことを、パパに伝えてもらわなきゃいけなかったんだ!
慌てふためく俺と、茫然自失の親父、ナノは飛んでったきり帰ってこない。
俺たちの努力は、全部無駄だった。
「ハハハハハハ!落ち着けぃ!!!」
ビーーーーーーーーーーーーーーーン
俺にはモグパパの言葉がわかったけど、わからないはずの親父にも音波が届いている。なんて迫力だ。
「藍善・・我が友・・・しばらく会っておらんなぁ。彼奴は息災か?」
「お・・おや・・親父、パ、パパが、あ、藍善は・・そ、息災かってき、き、訊いてるよ」
親父からは返事がない。ポカンとしたままだ。
「親父!!!」
ハッと我に返った親父が、
「藍善さんは、20年も前に亡くなったよ」
そう答えると、
「はて妙な。我と彼奴を繋ぐ宝珠はそのままだがの。彼奴め、死んだフリをしているのかもしれぬな」
そう言って、またムハハハハと笑った。
「こ、これから暴れるんですか?お、おお、俺たち、モグの敵じゃないんですぅ」
半べそになりながら訊いた。
「暴れなどせぬわ。確かに我が子は可愛いが、そのために、我らの住処である地球に傷をつけるような愚かな真似はせぬ。そもそも、肝心の我が子の住処も奪うことになるではないか」
「だ、だって、モグママは、パパを呼ぶためにモグを護る穴を掘ってたんでしょ」
「ふむ。妻はまだ若いでな。子を護らねばならぬことも相まって、血気盛んということだ」
「じゃあ、何しに来たんですか?」
「友の名前が出たと妻からの言の葉があってなぁ。それで来たのだ。妻もだいぶ弱ってあるようだし、我らは住処であるマグマに戻るとする。お主、友の血を引く者よ、我が子はまだまだ幼い。たまにで良いから、話し相手になってやってくれまいか」
「当たり前です!兄貴分ですから」
「ムハハハハハハハハハハ」
ビーーーーーーーーーーーン
ぬおっ!!
今回一番の音波だ。吹っ飛びそうなくらいの攻撃力がある。
「その歳にして兄貴分とは愉快よのぅ。お主、我の鱗を見るが良い」
黒鋼の鱗は、ところどころにヒビが入ったり、欠けたりしている。
「この鱗が朽ちる時、我らはマグマに焼かれるのだ。あと数百年は生きるであろうが、そんなことは誰にもわからぬ。思いがけぬことで仲間が命を落とすのを、幾度となく見てきた。生き延びたとしても、最期はマグマに焼かれる。それが宿命なのだから、やむを得ない。確かに人の命は我らより短いが、いつか命が尽きるのは、我ら地龍も人も同じこと。生きているうちに、少しでも楽しことがあるように、その思い出を糧に生きることができるように。楽しい事はやってくるのではない、楽しい事を創るのだ。後悔のない命を生きるのだぞ」
そう言うと、地龍は地下深くに潜って行った。
最後に一言だけ残して。
「我が友、藍善にもよろしく言ってくれ。近いうちに会おうぞ、とな」




