地龍(14)
「親父ぃぃぃーーーーー!!!!!」
あらん限りの声で叫んだ。
「そいつはマズいぞ!!」
耳の穴を指で塞いだ親父が、にょろんと目の前に現れた。ジジイの時と同じでパッと出てきたのではなく、浮きでて来たとしか思えない。
「のわぁ!!と、とと、と、突然出てくるなよ!」
「突然も何も、ずっとそばにいたからな。大声出さなくても聞こえてるよ。それより父親はいつ来るって言ってるんだ!?」
「なんだよ、ずっとそばにいたって・・」
「いいから!もう父親を呼んだのか!?父親はいつ来るんだ!!」
親父は俺の両肩を揺さぶった。たくさん文句を言いたかったのに、剣幕に押されて何も言うことができない。
「あー・・えーと・・そのへんは訊いてない」
「はっ!?早く訊け!大問題だ!!」
「え、なんでだよ?それよりヤバいから早く帰ろうぜ。もう母親がついてるから・・・」
「つべこべ言わずにさっさと訊け!!」
親父の目がまたしてもギラついている・・どころか、物凄く険しい顔をしながらも、青ざめている。
なんだよ、いったい。
「おーい、モグー。聞こえてるかー?パパはもう呼んだのかー?いつ来るんだー?」
「わかんなーい。ママが穴掘り終わったらだと思うー」
「おい!なんだって!?いつ来るんだ!?」
「ちょ、ちょっと待って。呼んだかどうかはわかんないけど、穴が掘り終わったらって言ってる」
「いつ!いつ掘り終わるんだ!」
またしても両肩を揺さぶられた。さっきより、ずっと激しく。親父を何とか抑えたけど、これじゃムチウチになっちゃうよ。父親、つまりモグパパが登場したら大変なことになるのはわかるけど、ここまで騒ぐことか?
もうとっくにここは破壊され尽くしてるんだから、モグパパが来る前にスタコラサッサと逃げ出すだけだと思ったのに。
「ちょ、ちょっと!訊くからちょっと待てって」
はあぁ。早く逃げないとモグパパが来ちゃうよ。
「あとどんくらいで掘り終わりそうだー?」
「んとね、もうちょっとのちょっとー」
そう言われて、首を伸ばせるだけ伸ばして穴の方を見てみると、超絶スピードで掘り進められている。タケノコだったモグママは、いまやショベルカーと化していた。
「おい!いつ掘り終わるって言ってる!?」
「なんか、もうすぐみたいだよ。そっから覗いてみたけど、すげえ勢いで掘ってるもん。もうモグが入れる大きさになってる感じ」
親父がカッと目を見開いた。瞳孔まで開いちゃってる。
「まずい。何とか止めないと。父親が来たら終わりだ」
「そうだろ〜。だから早く逃げようぜ」
話しかけてるのに、顎に手を当ててブツブツ呟いている。俺を無視するなんていい度胸だな。
「なぁ、早くしないとパパ来ちゃうよ?」
「ちょっと黙ってろ」
親父が早口で言い返してきた。
チッ。むっかつくなぁ。何だよ、あの言い草。
「ナノ!母親のデータをスキャンできるか?」
「えぇぇ。怖いよぉ」
親父呼ばれて、ナノが空中にヌッと浮き出てきた。
「え!お前こんなとこにいたの!?」
「お前じゃない!ナノ!!」
「いいから!今はそれどころじゃない」
親父が俺たちの間に割って入った。
「頼む。俺が援護するから、データを取ってくれ」
親父に頼まれたナノは、俯いてしまった。
そうだよな、怖いよな。なんだかすごく気持ちがわかる。それくらい「地龍」という生き物には、見るものを一瞬で威圧してしまう、圧倒的な強さがあるんだ。
「なぁ、この状態でナノに行けっていうのは、さすがに可哀想じゃない?」
「いや、俺も実物の地龍を見たのは2度目だから、制圧方法がわからないんだ」
「え!親父は前にも見たことあるの?」
「まあな」
そう言って、親父はナノを両掌で待つと、優しく話しかけた。
「頼む。ナノにしかできないことなんだ。何があっても、お前を、ナノを守るから。俺の命に代えても」
親父!?ちょっとなに言っちゃってんの!?
うわー、ビビるわー。こんなの、うっかりすると愛の告白じゃん?
「ちょ、ちょっと、命に代えてなんてオーバーなんじゃねえの?なん・・・」
「うん、わかったよ。怖いけど、Aが守ってくれるんだったら、行くよ」
「え!?行くの!?」
ぷるぷるしてるし、おまけに涙目じゃん。
えー・・あんなに震えるくらい怖いくせに、親父のこと信じて行くんだ・・なんかちょっとジーンとする。
・・ってあれ?こいつロボットなのに泣けるの?はて?
パンッ
親父が手を叩いた音でハッとした。
「よし!決まりだ!さあ行ってこい!!」
あれ?さっきまでのムーディーな感じは?
ナノもポカンとしている。
「ほら!早く!!もう時間がないんだ!!」
「えぇぇー・・行ってくるぅ・・」
「早く!急げ!!」
「ま、守ってくれるん・・だよね・・?」
「大丈夫だ!守る守る!早く行け!」
うわっ!軽っ!ひどっ!
ヒュュュュ・・
ヨロヨロとナノが飛んでいく。あんなに動きが遅いナノを見るのは初めてだ。
「なあ」
「何だ」
「行かなくていいのかよ。守ってやるって言ってたじゃん」
「あれは安心させる為だ。今の地龍は、絶対に攻撃をしてこない。優先すべきは子どもの安全だからな」
「なんだ。じゃあ、なんであんなに怖がってんのに行かせたんだよ。父親が来る前に帰れば済むことじゃん。来たって、俺たちがいなけりゃ諦めんだろ」
「・・結局、お前は母親と話せなかったのか?」
「なんかさ、俺がモグを食べると思ってるんだよ。誤解だって言ったんだけど、聞く耳持たない感じだった」
「バカな!!!」
親父は地団駄を踏んで歯軋りしたあと、気持ちを少し落ち着けるように息を深く吸った。
「父親が近づいても来ないなら、お前が言うように、帰ってもいいだろう。だがもし父親を呼んだとしたら、途中で俺たちがいなくなったとしても、お前を敵と見做してる以上、父親は安全確認しに来るはずだ。絶対に」
「来たって俺たちゃいないんだし、関係ねえじゃん」
「・・・・・」
親父は険しい顔のまま押し黙っている。
「なあ、聞いてる?」
「ここがどこか覚えてるか?」
「え?どこって、訓練所だろ?」
「そうじゃない。どこにあるか、ってことだ」
「わかってるよ。富士山の地下のマグマ溜まりの更に下・・」
あれ?いま心の琴線に引っ掛かったものがある。
チラン キラン
俺の琴線が、キラキラ音を鳴らしている。
なんだろう。
富士山の地下 マグマ溜まりの下 巨大な地龍
・・・・・あ!!!
「マグマ溜まり!」
「やっとわかったか。そうだ。地龍が暴れたら、富士山を刺激するのは必至だ」
「マグマ溜まりのマグマが、富士山に流れ込むってこと?」
「ちょっと違う。今でさえ、母親にここをメチャクチャにされてるんだ。デカい父親が来たら、間違いなくここは崩壊するだろう。そうなってみろ。マグマが雪崩れ込んでくるんだろうな。おそらく母親は、それから子どもを守るために穴を掘ってるんだよ。子どもはマグマに耐性がないからな。さっきお前は、穴の大きさはモグが入れる大きさになってるって言ったけど、完全に守るためにはそれだけじゃ足りない。子どもにとっての快適さも必要だ。地龍の幼体は、ストレスで死ぬこともあるからな。だから、まだ時間があるっていうわけだ。あるっていっても、ほんの少しだけどな」
事態を想像してブルリと身体が震えた。




