地龍(12)
フッ
俺たちを守っていた光の輪が消えた。
「・・・ぜってえやると思ったよ。予想通りだな」
急いで俺の身長を優に超える岩の影に隠れた。
絶対行かないと決めてから、こうなることを想定して予め動きをシュミレーションしてたんだ。俺って超冴えてる〜。
シュミレーションが無駄になったとしても、そんときは俺の安全が保証されてるってことだから、何の問題もない。とはいえ、どっちみち親父のバリアは筒状だから、100%安全ってわけじゃないけどな。
「フンッ。甘いな親父。俺を見くびるなよ」
バリア消すのやめて(涙)
言うこときくから(涙)
とでも言うと思ったら大間違いだ。
「そもそも、バリアを消すなんて、やり方が卑怯だよ。無理矢理やらせようってことじゃん。金星人っていうのは、嫌がる事を強制的にやらせるヤツらなのかよ。軽蔑するね」
「そうか。予想通りか。でもな、こうでもしなきゃ、お前は地龍のところに行かないだろう?たとえ卑怯だと言われようと、軽蔑されようと、地龍をここで暴れさせ続けるわけにはいかないんでね」
「そんなん知らんがな!」
そう言いながら声のする方を睨むように見ると、そこにいたのは・・・筋肉ダルマだった。
「ブフォッ!」
ダルマ化した親父を見た瞬間、思わず吹き出した。
一体全体、金星人のセンスってどーよ?
スタイリッシュにする必要はないけどさ、コレはあんまりでしょ。石や岩に当たっても大丈夫なように、全身が防弾化されているんだろうけど、コロコロムッキムキだ。
お面にせよ、防弾服にせよ、フィットしてるのか何なのかわかんないけど、不思議と動きにくそうな様子は微塵もない。だけど、あの格好がどんなに安全だとしても、俺は絶対、絶っっ対あんなの着たくないね。
「ブ、ブフッ・・お、親父、それ・・ブフフ・・・」
「お前こそ、父さんを見くびり過ぎなんじゃないか?援護するから大丈夫だと、何度も言ったはずだ」
帽子のつばを少し下げながらニヒルな感じを醸し出している。イケオジを狙ってるのかわからないが、カッコつけている親父が逆に滑稽に映る。その様子が、笑いに拍車をかけた。
「ブアッハッハッハ!なんだよソレ!!おかしな格好してんじゃねぇよ!!バハハハハ!ヒーッヒッヒ」
「何?おかしな格好だって?」
自分の姿を笑われているんだと気づいて、親父は面白いくらいに狼狽え始めた。
防弾装備がフィットし過ぎて、自分の格好を忘れていたのか、長年身につけ過ぎて、意識しなくなったのか。まさか知らないはずはあるまい。
「わ、笑っていられるのも、今のうちだけだからな!と、とと、父さんだって、こんな格好したくてしてるわけじゃないんだ!お、お前だって似たような姿になるんだぞ!!」
お面の下は真っ赤になってるに違いない。
「ブ、ブフフ、そりゃあ、そんな格好してたら恥ずかしいよなぁ・・ククククク。俺はそんなの着ないから、大丈夫だもーーん。ノープロブレムだぜ」
「くそっ!言ってろ!」
ヒュンッ
え?あれ?どこ行った?
悔しそうに一言だけ言い残すと、親父は消えた。
こめかみに触りもしていない。だけど、まるで存在していなかったみたいに跡形もない。
いつのまにか、ナノも消えている。
「え!?どこ行ったんだよ!汚ねえぞ!俺がここから逃げられないのわかってて、押しつけやがったな!?」
キョロキョロと周りを見回しながら叫ぶと、
「こっちだ」
そう言って、一瞬、ほんの一瞬だけ目の前に現れて、また消えた。
え?
「こっちだ」
え?え?
親父の顔からはお面も無くなって、いつのまにか筋肉ダルマじゃなくなっている。そういえば、モグママの攻撃は止んでいた。
「こっちだ」
「こっちだ」
「こっちだ」
あちらこちらに現れては消える親父に反応することもできず、ただただ固まっていると、左耳のすぐ横から
「Aは一流だよ。超がつくかも」
と言うナノの声がした。
「うわっ!ナ、ナノ!?どこだよ。びっくりさせんなよ」
そう声をかけても、ナノの姿は見えない。
次の瞬間
「こっちだ」
目の前、鼻先が触れ合うくらい目の前に親父が現れて
ヒュンッ
消えた。
「うわ、うわわ・・あ、あわ・・」
頭から氷水でもかけられたように、全身が冷たくなって総毛立った。
なんでだろう。親父が得体の知れないものに見えてきた。俺の父親のはずなのに、別の次元の恐ろしい存在のように感じる。
「こっちだ」
「こっちだ」
「こっちだ」
恐ろしいのに目が離せない。
まるで催眠術にでもかけられたように、声の後を追ってしまう。気づくと親父は徐々にモグママに近づいていき、俺も岩陰に隠れながらも、真っ直ぐにモグママを見ていた。
頭の片隅では、親父がモグママに近づいていることがわかっても、意識はなんとなくボンヤリしている。
不思議なことに、俺に呼びかけてくる親父の顔ははっきり見えるのに、残像はモグママの方を向いている後ろ姿だ。モグママにも親父の正面の姿が見えているんだとすれば、これはその残像なのかもしれない。
モグママも俺と同じように見入っているんだろうか。
そして、動きを止めたんだろうか。
「こっちだ」
「こっちだ」
少しずつ、確実に、親父はモグママとの距離を縮めている。
「こっちだ」
次に現れたとき、モグママと目と鼻の先にいた。
あの位置から石をぶつけられたら、ひとたまりもない。
いやそれどころか、黒い大きな鉤爪で瞬殺だ。
「親父、危ない・・!」
俺が声に出すのとほぼ同時に、親父が俺を指差しながら
「お宅のお子さん、アイツに泣かされたんですよ」
と言いやがった。