地龍(9)
「へぇ〜〜、すっかり手懐けたんだな」
親父とナノを近くまで呼び寄せると、モグラを紹介した。
「いや、手懐けたとかじゃねぇし。ペットじゃねぇんだからさ」
「そうだな。すまんすまん」
笑って誤魔化す親父に「まったくしょうがねぇな」と言うと、モグラに向き直った。
「紹介するな。こっちが俺の親父で、親父の後ろにいるのがナノだ」
「おやじってなにー?名前なのー?」
どうやらモグラに「親父」は通じないらしい。
「親父っていうのは、う〜ん・・あ、そうだ!ママがわかるってことは、パパもわかるか?」
「わかるー。会ったことないけど、ママが教えてくれたー」
「親父っていうのは、俺のパパのことだ」
「AJのパパー。こんにちはー」
モグラは手をパタパタ振っている。
親父の後ろに隠れていたナノが、そおっと出てくると、
「いい匂いしないけど、美味しいのなのー?」
と言って口をあんぐりと開けたので、
「ちゃうちゃう!食べもんじゃないから!!」
と慌てて否定した。
「ごめんごめん。ちゃんと話せばわかるんだ。こんなこと言ってるけど。本当に大丈夫だからな」
そう言って親父達を見ると、2人ともポカンとしている。
ん?
「お前・・・地龍の言葉がわかるのか?」
あれ?
「え?え?2人ともわかんないの?」
親父もナノもこっくりと頷いた。
「そうか。ちゃんと会話してるように話してるから、よくできた独り言かと思ったよ。まさか本当に地龍と話せるとはな」
モグラがもう暴れないとわかって、ナノはフワフワとモグラの周りを回っている。
「AJ!地龍の情報の中でも、幼獣については特に少ないんだ。スキャンしていいか訊いて」
「スキャンって、さっき俺にもやったやつか?」
「うんそう」
「何か身体に影響あったりしない?コイツまだ子どもだけど」
と訊くと、
「体全体の詳細を計測するだけだよ。安全だし一番効率的なんだ。なんたって、骨の位置とか筋肉量から、動きも推測できるしな」
親父が答えてくれた。
「おーい、モグー。身体測らせてくれってさ」
「モグ!?」「モグ?」「もぐー?」
親父とナノと、モグラ自身までもが反応した。
「だって、呼び名がないと不便じゃん」
「?ボクの名前は「ベイビーちゃん」だよー?」
「それはママが呼ぶ特別な名前だろ。俺は「モグ」って呼ぶことにするよ」
「わかったー!ボクモグー!」
また手をパタパタさせてる。感情表現は手を使うんだな。
・・・・・そうだ!
「モグは、俺の言葉はわかるんだよな。親父達の言葉はわかるか?」
「モグわかるー」
「おお!じゃあ何でもできんじゃん!!そしたら「イエス」の時は片手を挙げろ。「ノー」の時は、両手を挙げるんだ」
「もしかして、父さん達の言葉もわかるって言ってるのか?」
「そうなんだよ!だから、動作で返事ができるようにしようと思ってさ。とりあえずイエスかノーがわかれば、少しは親父達も意思の疎通が図れんじゃん」
「そりゃいいアイデアだな」
モグと一緒に何度か練習すると、親父達に向き合った。
「親父、なんか話しかけてみてくれ」
「よし。はじめまして、私はアタルの父親です」
モグは動かない。
「おぉ〜い!イエスかノーで返事できること訊いてくれよ!」
「あ!そうだな。すまんすまん」
親父は軽く咳払いをすると、改めて続けた。
「俺の話してることは、わかるかい?」
モグは迷わず右手を挙げた。
「ナノも!ナノも話したい!」
ナノが親父の横でバウンドしているのを見て、思わず笑ってしまった。
「じゃあナノ、なんかモグに訊いてみろよ」
「いっくよー!これから身体を測っていい?」
モグはチラッと俺を見たので、頷いてみせるとパッと右手を挙げた。
「やったー!じゃあ、そのまま動かないでねー」
ナノの目が赤く光りだしたかと思うと、そのままモグの頭のてっぺんから地面に接してるところまで光を当てるようにじっくり見てから、なぜか周囲の地面もぐるりと見た。そうして、ようやく
「スキャン完了!」
と言った。
「地面はなんで見てたの?」
「下半身も測定してたんだよ」
「え!?地面見てただけだと思ってた!透かして計測することなんてできるんだ」
「まあね」
ナノは誇らしげだ。
ヘェ〜。なかなかやりおるな。
「モグは何歳なんだい?そういうのって、わかるのかな?」
親父に訊かれて初めて、そういや年齢を聞いてなかったことに気づいた。
そもそも、地龍って何年くらい生きるもんなんだろう。
「なあモグ、お前って何歳?数えてたりするもんなの?」
「うーんと、80歳?」
「80歳!?」
俺の声を聞いた親父とナノが即座に反応した。
「え!?マジか!」
「ひょえ〜」
「いやいや、さすがに数え間違えだろう。モグ、80歳っていうのは、1年を80回繰り返してるってことだぞ。そっか、お前は1年が何なのかなんて知らないもんな。地底に住んでたら、時間の概念なんかないはずだ。そりゃそうだよな」
「そんなことないよー。ボクちゃんと1年ってわかるもーん」
「こんなとこ住んでて、わかるわけないじゃん」
「いや、待て。案外、本当に80歳なのかも知れないぞ」
親父が俺の横にきて言った。
「親父まで何言っちゃってんの?8歳ならわかるけど、80歳だよ?そもそも、普通に考えたら、モグラに歳の数え方なんてわかるわけねぇじゃん」
「ちゃんとわかるよー」
「いや、地面の中にいるのに、本当の1年がわかるわけないよ。ごめんごめん、変な事訊いちゃったな」
「ちゃんとわかるってばー!」
そう言ってモグは手をパタパタ、というよりバッタンバッタンしたもんだから、石がパラパラと降ってきた。
「だぁー!!やめろって!」
頭を抱えて石を避けながら言うと、モグは大人しくなって
「ごめんなさいなのー」
と小声で言った。
「お前、自分の身体がデカいってわかるだろ?お前にとってはちょっと手を動かしただけでも、石とか飛んでくるから危ねぇんだよ」
「・・・だって、だってぇ。ボクだって1年とかわかるもん。80歳だってほんとだもん。ちゃんとママに教えてもらったもん。ママ・・ウソつかない・・もん・・・うえぇ・・」
「ヤバ!!泣く!!」
「ほんとだもーん!!うえぇぇぇん!」
モグはボタボタと大粒の涙を撒き散らしながら泣き出した。さっき泣いてたのとは比較にならない勢いだ。
思わず耳を指で押さえたけど、それでもキーンとする。
げーっ!こんなの超音波じゃん!!
「ママはボクにウソなんかつかないもーん!ママー!うえぇぇぇぇん!」
「ちょっ、モグ!落ち着け、落ち着けって!」
ダメだ、全く聞く耳を持たない。泣き止む前に、こっちの鼓膜がいかれちまう。
・・・・・ゴオォォォォォォ・・・・・
「・・何だこの音?」
超音波に混じって別の音がする。
俺の頭の中は「?」でいっぱいだったけど、親父とナノが強く反応した。
「これはまずいぞ」
「逃げる?逃げたほうがいい?」
え?何?モグが泣いたから逃げるの?この事態って、そんなに深刻??
「いや、大丈夫だから、すぐ泣きやませるから。おい、モグわかったから、もう泣くなって」
オロオロしている俺を尻目に、親父は目を光らせると、こめかみをクリックした。瞬時に現れた十文字の何か武器?のような物を握って構えている。
「大丈夫だよ!悪さしないって!すぐ泣きやま・・」
俺の声を待たずに物凄い地響きが轟いた。
「来るぞ!!」
ドゴォォォォォンッ
何かが爆発した!・・・あれ?またしてもデジャブ?