地龍(8)
「ヒィィィィィィー!」
モグラの口の中には、親指くらいの太さの、青黒くて長いミミズ様の物体が、大量にウニョウニョしている。
「ヒッ、ヒッ、ヒィィィィィィー!?」
コレハ ナニ? イソメ? ハッタミミズ?
イソメは釣り餌だ。ハッタミミズは日本一大きいミミズの一種だ。どちらも共通しているのは「気持ち悪い」に尽きる。
悲鳴をあげながら、現実逃避している自分がいた。
釣りの餌も、思いがけないところで登場すると、悲鳴をあげるしかなくなるもんなんだな・・・
クラクラして落ちそうになった俺を、モグラの口から伸びてきたイソメ達が助けてくれた。
・・・・・!!!
生温かくて、ニュルニュルとしたイソメ達に撫で回され・・いや、支えられて、心置きなく気を失った。
「らいりょーう?らいりょーう?」
はっ!
モグラの声で気がつくと、長く伸びたイソメ達が優しく揺すってくれている。
気を失ってたのは一瞬だったのかもしれない。
「うわぁ!?」
悲鳴をあげると、イソメがモグラの口の中に食われるように戻っていった。
じゅるる、というヨダレを啜るような音がして
「よかった、起きたんだねー」
モグラの可愛い声がした。
はっ!魚ソー!!
咄嗟に右手を見ると、魚ソーはしっかり吸盤に貼りついている。脱力してても落とさないなんて、俺の吸盤力は侮れない。
「よかった〜落としてなかったよ」
「いい匂いも大丈夫だったのー?」
声が弾んでいる。よっぽど食べたいんだろう。
「うん、大丈夫だった。それで、あの、その、口の中の・・・」
「これー?」
レローン
「ぎゃっ!」
口から出てきたのは、異様に長い長い舌?と、その先っぽにくっついたイソメ達だった。
イソメは玉のようになってウニョウニョしている。
「し、しまえ!もういいから!しまって!!お願い!」
えー?といいながら、モグラはレロンと出した舌?を口に戻した。
いや、本当にイソメ食ってるようにしか見えんって!
「そ、それ!なんなんだよ、口ん中のそれ」
モグラはまたしても首を傾げた。
「わかんなーい。でも便利なんだよー。ご飯食べたりできるのー。落としたビカビカも、これで拾ったんだよー」
「え!あのダイヤモンド、イソメで拾ったのかよ」
「イソメ?」
「まあ何でもいいけど、あんなんで拾えるもんなのか」
「そーだよー。ほらぁ」
そう言うと、モグラはまたレローンとイソメ付きの舌?を出した。
「うわ!やめろ!」
そう言ってるのに、こっちに向かってフンフンと見せてきた。仕方なく、全体を見なくて済むように目を針のように細めると、イソメ玉の中央奥くらいのところに、何やらキラキラと光るものが見えた。
「わっ!ダイヤじゃん!!」
思わず目を見開いた。
「わっ!イソメ!!」
しまった!うっかりイソメ玉を直視してしまった。
気色悪さに吐きそうになっている俺を尻目に、モグラはうんうんと頷くと、音を立ててイソメ舌をしまった。
「いっぱいのウネウネがねー、ピローンって伸びるから、なんでも持てるのー」
「それは・・・便利だな」
うん!と言って手をパタパタさせた。
な〜んだ。ダイヤを近くに置いとくだけじゃダメなのか訊いたら、親父は「あの手でどうやって掴むんだ」って言ってたけど、ちゃんと掴めんじゃん。まぁ、手じゃなくてイソメ玉で拾うんだけどな。
「なあなあ、そのまま持ってて、食べちゃったりしないの?」
「だいじょぶー。お口に袋があってね、2個ともそこに入れてるのー」
ん?2個?
「お前、さっきのダイヤ2個持ってんの?」
「そだよー。見るー?」
「いやいや!いい!見なくて大丈夫だ!」
慌てて断った。俺は生理的にイソメ玉がダメらしい。
あのダイヤが2個かぁ。
そりゃそうだよな。コイツの目は2つあるから、同じ数だけ必要だってことは、ちょっと考えればわかることだった。
・・・ってことは、ここにはあんなダイヤモンドが幾つも転がってるのかもしれない。
そんなことを考えてたら、モグラがフンフンと鼻を鳴らしているのに気がついた。
「これ食べたいんだろ?」
そう言って魚ソーを目の前にかざすと、
「欲しいのー!いい匂いの欲しいのー!」
また手をパタパタさせた。なかなか可愛ええ。
とはいえ、モグラの体からすると、魚ソーは小さすぎるよなぁ。こんなんで満足できんのか?できなかったら、また泣いたり暴れたりすんのかなぁ。
ちょっと考えて、直接話してみることにした。
「よく見ろよ。あげてもいいんだけど、こんなに小さいんだよ。満足できなくても、泣いたり暴れたりしないって約束できるか?約束できるんだったら、あげるよ」
「だいじょぶー!ちょっとの味でも、ちゃんとわかるからだいじょぶー!」
ちょっとでわかる?
「お前、味がわかるのか?」
「わかるー!ウネウネがベチョッてしてプーンとするからわかるのー!」
「・・・・・」
まったくわからん。
「じゃあ、ほら!口開けろ」
ニョ〜っという気配がして、慌てて
「イソメ玉は出すなよ!」
と釘を刺した。
ええ〜、と若干不満そうではあったものの、食べたい気持ちには勝てなかったようで、あんぐりと口を開けた。
中は見ない、中は見ない。もし見えても大丈夫。俺はいま釣りに来ている。あれは釣りの餌。釣りの餌・・・
呪文のように呟きながら自己暗示をかけると、
ポイッ
モグラの口に魚ソーを放り込んだ。
むぐむぐ・・・カッ!!
「美味しーの!!なにこれ!美味しーのなのー!!」
モグラは目を大きく見開くと、手をフルスピードでパタつかせて喜んだ。
「まあな」
自分の好物を喜んでもらうって嬉しもんだな。
思わず顔がニヤついた。
「よし、と。じゃあ俺の親父と・・友達を紹介するよ」
そう言って、するりと地面に降り立った。




