地龍(7)
ビッタァァーーーーーン!!
「ヒグッ!!」
全自動巻上げ機のパワーは強力で、ロケット花火になった俺は、グインッと宙を舞った次の瞬間、全身で思いっきりモグラに叩きつけられた。
「・・・何・・だよコレ・・。近くまで来れれば・・いいだけだったんだ・・けど・・」
気が遠くなりそうになって、フワッフワの体毛からズルズルと滑り落ちながら、モグラ(多分)が泣き出すのを聞いていた。
「う、うえぇぇぇん、おふひ痛らいよぉぉぉ。おふひにらりかあらまっれるよぉぉぉ。わぁわぁ」
・・・へ?・・な、泣かしちゃった?
い、いかんいかん。一応俺も高3だ。こんな子ども?泣かしてどうする。しっかりしろ、俺。
頭を振って自分を奮い立たせると、躊躇いながら
「ちょっとだけごめんな」
と言って、モグラの毛をガッシと掴んだ。
痛がるんじゃないかと思ったけど、大丈夫そうだ。
俺の腕を、モグラの口の中のチョロチョロした「モノ」から外すためには、体制を整えなくちゃいけない。
モグラのアタマを抱えるようにしたら、なんとなく体を安定させることができた。
モグラは口を開けたまま、ウエンウエン泣いていて、
「ごめんごめん、痛い事するつもりはなかったんだよ」
話が通じるかどうかわからないのに、思わず声をかけて宥めていた。
「よいしょっと」
口の中の「モノ」からニョロリンと腕を外すと、ようやくモグラは泣き止んで、まん丸で澄み切った緑の目をパチクリさせた。こんなに大きな体なのに、こっちを見たその目は、俺の拳骨より少し大きいくらいだ。
「うわぁ〜。お前の目、綺麗だなぁ!」
モグラの目は透き通った深い深い緑で、ドーム型をしている。母さんが虎の子の金で買った、エメラルドの指輪を思い出した。
俺が小学3年か4年の頃だったと思う。エスカレーター脇の、ガラスケースに飾られたエメラルドのアクセサリーを見ていた母さんが、突然「一目惚れした」と言い出して、衝動買いしたんだ。確かに、どれも四角いエメラルドの中で、たった一つのドーム型は、子どもの俺でさえ「美しいって、こういうことなんだな」って思うほど綺麗だった。あれは、母さんと朝芽と俺の3人でデパート行った時だ。お父さんには内緒よ、って念押しされたっけ。
「・・・ほんと?」
ぼんやり思い出に浸ってたら、思いがけず返事が返ってきて驚いた。
「お前、俺の言ってる事わかんのか!?」
「・・・うん」
「よっしゃーー!!」
思わずガッツポーズした。
「よかった〜!やっぱ幻聴じゃなかった!」
嬉しさのあまり、右手でモグラをガシガシと撫でた。
「まさか話ができるなんて思ってなかったよ。お前の目が綺麗だって言ったのは、本当だぞ。透き通ってて、キラキラしてて、めちゃくちゃ綺麗だ」
そう言うと、モグラは嬉しそうに
「えへへー」
と言った。
「さっきは痛かったか?ごめんな」
優しく声をかけると、モグラは首を傾げて
「お口の中が痛かったのー。ウネウネがグリンてしてメニョッてなったのー」
と言った。
・・・うーん、ようわからん。けどまあ要するに、ウネウネしたものがグリンとなって、メニョっとしたんだな。
「そうか、そうか。ごめんごめん」
よしよしと撫でたけど、モグラにとって、撫でてもらった感触はないだろう。恐ろしく毛足が長くて密度が高い。そりゃあ、ここは人間である俺が過ごしやすい温度なわけだから、灼熱の世界で住んでいるモグラには寒かろうもん。だから、触られたってことがわかるはずはない。だけど、気持ちが伝わりさえすればいいんだと思う。敵意はないんだよっていう気持ちが。
「だれー?」
他の生き物に会う機会がないからなのか、怯える様子はない。逆に人懐っこいくらいだ。
「俺はアタ・・・コホン、AJって言うんだ。お前、名前は?」
「ボク?ボクは名前なんてないよー。あ!だけど、ママは「ベイビーちゃん」って呼んでるから、きっと名前は「ベイビーちゃん」なんだと思う」
プッ!
きっとママモグラにとっては可愛い赤ちゃんだから、ベイビーちゃんなんて呼んでるだけだろ。
コイツ、可愛え〜〜。
「なにでー?なにで笑ったのー?」
「いやぁ、可愛い名前だなぁと思ってさ」
モグラは俺の返事を待たずに、
「美味しい匂いなくなったー?いなくなったのー?」
とクンクン鼻で匂いを嗅いでいる。
「美味しい・・なくなった・・ぐすっ・・ぐすん」
え!?まさか泣くの!?
「な、泣くな泣くな。何がなくなったんだよ」
「ぐすん・・お口の美味しい匂いのー・・ぐすっ・・さっきまで・・ぐすっ・・いたのに、いなくなったのー」
大きな目に涙が溢れてくる。涙の粒が緑色を反射して、うるうると光っている。すごく綺麗だ。
いやいやいや!今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「どんな匂いだったんだ?俺に言ってみ」
「ぐすっ・・嗅いだことない匂いのー。嗅いだことないけど、美味しい匂いなのわかったのー・・ぐすん」
あ!もしかして。
ピンとくるものがあった。
「これか?」
目の前で魚ソーをぷらぷらさせた。
始めは何のことかわかんなかったみたいだけど、手をピロッと伸ばして鼻先近くに持っていったら、
「これのー!美味しい匂いこれのー!」
鼻息が荒くなって、手までパタパタしている。
「ちょっと待て。これ1つしかないから、落とさないようにしないと」
「くれないのー?」
また目がうるうるしてきたもんだから、焦って続けた。
「あげるって!ちゃんとあげるよ。ただ、落として変なところに落ちたら食べられなくなるだろ」
そう言った俺に
「そんなのへっちゃらなのー」
モグラはあんぐりと口を開けて、中を見ろとでも言うように、こちらに向けてクイクイと動かしてくる。
どれどれ?と覗き込むと、
「ヒィィィィィィー!」
声にならない声しか出せなかった。




